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ごめん…電話を握りしめ、絞り出した言葉
田中さんは、いわゆる「就職氷河期世代」のど真ん中を生きてきました。大学を卒業した2000年の就職率は、大卒で91.1%でした。就職難のなかでもひと際厳しかった頃です。何十社とエントリーシートを送っても面接にすら進めない日々を経験しました。
「当時は、正社員になれないのは自己責任だ、努力が足りないからだ、と誰もが言っていました。自分自身も、そう思い込んでいました」
結局、正社員としての採用には至らず、派遣社員としてさまざまな会社で働いたといいます。いつか、いつかと思っていたところ、リーマン・ショックで軒並み企業業績が悪化しました。田中さんも派遣切りにあい、仕事を失いました。その後、しばらくはアルバイトを続け、5年ほど前から現在の仕事を始めたといいます。
総務省統計局『労働力調査』によると、2023年の平均では、45~54歳の男性雇用者(役員を除く)のうち、非正規の職員・従業員の割合は8.1%です。約12人に1人が、田中さんと同じような不安定な環境で働いている計算になります。
これまで一度も浮上したことのないキャリアでも、母への月2万円の仕送りを欠かしたことはなかった――それは田中さんの誇りでもありました。しかし、2021年後半から始まり、特に2022年にかけて上昇が加速した物価高騰により、田中さんの生活は一段と厳しさを増します。何とかやりくりして毎月やり過ごしてきましたが、とうとう限界を迎えます。入居以来、月6万円だった家賃が値上げとなったのです。月数千円の値上げではありましたが、「これで完全に心が折れました」と田中さんは言います。生活破綻が現実になろうとしていたのです。そして最終的な決断を下します。
「……ごめん。来月から、仕送り、できそうにないんだ」
母・千代さんへの週一の定期連絡でのことでした。言葉は途切れ途切れになり、情けなさで涙がこみ上げてきました。しかし、電話の向こうから返ってきたのは、思いもよらない穏やかな声だったといいます。
「お前も大変なんだから、無理することない。こっちのことは心配しなくていいから」
48歳になってもなお、親に心配をかける不甲斐なさ。そして、真面目に働いても、自分の生活すら守ることができない情けなさ。言い表すことのできない感情が、田中さんのなかに広がっていきました。
正社員になれないまま歳を重ね、非正規で働き続ける人は少なくありません。物価の上昇は、そうした生活をさらに追い詰めています。さまざまな選択肢を手放してきた就職氷河期世代。「親への仕送り」でさえ続けられないという苦境は、まだまだ続きそうです。
[参考資料]
総務省統計局『労働力調査』