年金や退職金があっても、予想外の出費や社会の変化が、シニア世代の働き方に影響を与えています。高齢者が再び職場に立つ背景には、家族への思いや将来への備えなど、さまざまな事情が潜んでいます。
〈退職金2,300万円〉〈年金月18万円〉72歳男性。悠々自適な老後を捨て、牛丼店でアルバイト。理由は「10年前の初孫との約束」 (※写真はイメージです/PIXTA)

10年前に交わした「大丈夫」という約束

話は、初孫の翔太さん(仮名)がまだ小学校2年生だった10年前に遡ります。夏休みの自由研究で、翔太さんは「未来の家」というテーマで、段ボールやペットボトルを使った大きな模型を作りました。リビングの中心には吹き抜けがあり、屋上には庭園が広がる、夢のような家。

 

「すごいじゃないか! 翔太は将来、建築家だな!」

 

手放しで褒める鈴木さんに、翔太さんは嬉しそうに頷きながらも「でも、お母さんがいってた。大学に行くのは、すごくお金がかかって大変なんだって……」とつぶやきました。翔太さんの母親(鈴木さんの娘)はシングルマザー。女手一つで自分を育ててくれる母の苦労を、幼いながらに感じ取っていたのでしょう。

 

その健気な一言に、鈴木さんは「大丈夫。おじいちゃんがいる。翔太が大学で勉強したくなったら、学費の心配はしなくていい。だから、安心して夢を追いかけなさい」と語りかけました。

 

その言葉は、翔太さんにとって大きな希望となり、祖父との約束を胸に、翔太さんは建築家になる夢を追いかけ、勉強に励んできたのです。しかし、ここ数年、物価高が日本を襲います。特に年金頼りの高齢者の生活は、苦しさを増しています。

 

「買い物に行くたびにモノの値段があがっていて……年金生活は大変だよ」

 

夫婦の会話のなかでポロリと出た本音。そんな言葉が翔太さんの耳にも届きました。母に迷惑をかけたくないと考えるような子どもです。当然、祖父母に無理をさせられないと考えるでしょう。大学の推薦入試を控えたある日のこと。翔太さんは意を決したように、家族にこう告げました。

 

「俺、大学に行くのやめて、就職しようと思う。早く働いてお母さんを楽にさせたいし、おじいちゃんたちにも、もう迷惑はかけられないから」

 

確かに物価はあがっても年金が増えるわけではない現実を前に、生活は日に日に苦しくなっています。安泰にみえた老後の生活も、少々雲行きが怪しくなってきました。このような状況のなかで孫の教育費の援助を行うのは、危険なことでした。そこで鈴木さんは「再び働く」という選択をすることにしたというのです。

 

大切な退職金や貯蓄は、万が一のために残しておく。新たに稼いだお金で、孫の学費を支援する。そう決意したといいます。選んだのは、近所でバイト募集の貼り紙をしていた牛丼店。

 

「健康にもいいし、10年前にした孫との約束も守ることができる。一石二鳥ですよ」

 

株式会社パーソル総合研究所『シニアの就業実態・意識調査』によると、70代が働く理由として最も多かったのが「働くことで健康を維持したいから」(57.8%)。「生活を維持するために収入が必要だから」(47.6%)、「働かないと時間を持て余してしまうから」(39.9%)と続きます。

 

70代にして働く理由はいろいろ。孫の夢を支える、というケースも珍しいことではないかもしれません。

 

[参考資料]

総務省統計局『労働力調査』

株式会社パーソル総合研究所『シニアの就業実態・意識調査』