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高所得者層を苦しめる「所得制限の壁」
「医学部だけが道じゃないだろう。他の学部も考えてみたらどうだ?」
ある晩、心の何処かで医学部を諦めてくれたら――そんな気持ちがあったことは否定しません。一郎さんがそう切り出すと、明日香さんの表情がみるみるうちに曇っていきました。そして、堰を切ったように泣きながらこう叫んだのです。
「どうしてそんなこと言うの! 医学部に行けないなら、もう大学なんて行かない! パパのせいで、私の人生めちゃくちゃよ!」
受験へのプレッシャーもあり、最近、情緒不安定なところもありましたが、想定外の娘の反応に、一郎さんは返す言葉が見当たりません。
年収が大台にのるエリートサラリーマンでも、子どもの大学進学はかなりのハードルです。その背景には、高所得者層ならではの事情がありました。
たとえば「高等教育の修学支援新制度」。2020年4月から始まった国の支援制度で返済不要の給付型奨学金と授業料・入学金の免除または減額により、大学、短期大学、高等専門学校、専門学校への進学を支援するもの。世帯年収約380万円程度までの世帯が主な対象で、現在、多子世帯(扶養する子が3人以上)を対象に、所得制限が撤廃される方向で検討されています。この制度、もちろん、高所得者は対象外です。
ほかにもさまざまな経済的な支援制度はありますが、その多くに所得制限が設けられ、高所得者は対象外となります。また奨学金なら貸与型という選択肢もありますが、医学部の場合、卒業までに1,000万円以上の借金を背負う可能性も。娘の人生のスタートに、大きな負債を抱えさせることへの抵抗感は、親として当然のものでしょう。
高年収世帯は、確かに収入は多いですが、その分、税金や社会保険料の負担も重くのしかかります。さらに、一郎さんのように都心に住み、高い生活水準を維持している場合、住居費や食費、交際費などの支出もかさみがちです。結果として、年収の額面ほど手元にお金が残らず、計画的に貯蓄を進めていなければ、いざという時にまとまった資金を準備できない、という事態も十分に考えられるのです。
仮にストレートで第1志望への大学に進学したとすると、教育費の呪縛から逃れることができるのは50代も中盤。娘の将来、さらには自分たちの将来のためにコツコツと進めてきた貯金は、娘の大学進学で底を突くのは確実です。
「娘が大学を卒業し、無事、夢を叶えるまでは、将来を見据えた資産形成は難しいですね……仕方がありません。親の責務です」
[参考資料]
日本政策金融公庫『令和3年度 教育費負担の実態調査』
文部科学省『令和5年度 私立大学入学者に係る初年度学生納付金等 平均額(定員1人当たり)の調査結果』