長年の勤めを終え、「夢のセカンドライフ」を自然豊かな地でスタートさせる。そんな理想を抱く人は少なくありません。しかし、絵に描いたような暮らしの裏には、予期せぬ「現実の壁」が潜んでいることがあります。 本記事ではAさんの事例とともに、老後の移住における注意点について、CFPの伊藤貴徳氏が解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
軽井沢移住なんてやめればよかった。「退職金2,000万円・年金26万円」65歳定年夫婦の後悔…移住半年後に覚えた猛烈な焦燥感→騙し騙し暮らした3年後、東京帰還の決定打となった「深刻な事態」【CFPの助言】 (※写真はイメージです/PIXTA)

老後の夢を夢で終わらせないために

軽井沢での3年間は、Aさん夫婦にとってかけがえのない時間でした。しかしその経験を振り返ったとき、「理想を描くだけでは老後の生活は成り立たない」と痛感したといいます。ここでは、Aさん夫婦の体験をもとに、老後の夢を夢で終わらせないために必要な3つの視点をご紹介します。

 

1.「非日常」ではなく「日常」をベースに老後の移住先を考える

 移住先を選ぶとき、多くの人が「自然が豊か」「静かで落ち着く」といった“非日常的な魅力”に惹かれがちです。Aさん夫婦もその一組でした。しかし、実際に暮らしが始まると、必要なのは「日常の過ごしやすさ」。買い物の便利さ、通院のアクセス、近所づきあいの気楽さ――こうした“当たり前の生活”がしっかり成り立っているかが、老後の満足度を大きく左右します。 下見は「観光気分」ではなく、「平日」「雨の日」「冬」など、リアルな日常を体験するつもりで行いましょう。

 

2.医療・介護インフラは将来の不安ではなく現在の設計に組み込む

「まだ元気だから大丈夫」と思いがちですが、介護や通院は“ある日突然”必要になるものです。Aさん夫婦は、医療機関までの距離や介護サービスの空き状況などを後回しにしてしまった結果、生活の継続が難しくなりました。

 

移住を考える段階で、その地域の医療・介護インフラ(診療所、総合病院、ケアマネの数など)を調べておき、「もしものときに頼れる選択肢」があるかを確認しましょう。 

 

3.退職金の一括投資は慎重に。現金・年金のバランスがカギ

退職金という大きなお金を手にすると、「一括で家を買おう」「設備を整えよう」となりがちです。Aさんも、リフォームに数百万円をかけ、手元の現金が一気に減ったことが、家計の圧迫感につながりました。老後は、“収入が増えない”時代。だからこそ、退職金は「時間をかけて使う資産」と考えることが大切です。固定費を洗い出し、将来の想定外支出にも対応できる“余白”を持つキャッシュフロー設計を行いましょう。

 

Aさん夫婦は「夢をかなえること」と「持続可能な生活」とのあいだにあるギャップを、身をもって経験しました。理想の老後は、準備とバランス、そして柔軟性――その3つが揃って初めて叶えられるものでしょう。あなたのこれからの人生設計にとって、このAさん夫婦の経験が、ひとつの気づきになれば幸いです。

 

 

伊藤 貴徳

伊藤FPオフィス

代表