かつて「勝ち組」と称された人も、人生の後半で思いがけない壁に直面することがあります。社会的な成功や十分な資産があっても、それだけでは乗り越えられない現実がありました。
〈年金20万円〉〈退職金3,600万円〉勝ち組のはずが…67歳元部長、店員に掴みかかる「迷惑老人」と化すまでの一部始終 (※写真はイメージです/PIXTA)

エリートのプライドが崩壊した日

事件は近所のコンビニで起こりました。夕食の材料を買いに来た健一さんは、レジで小銭をうまく取り出せず、手間取っていました。後ろに行列ができ始め、焦りを感じたアルバイトの若い店員が「お客様、大丈夫ですか?」と声をかけた、その瞬間でした。

 

「なんだその態度は! 俺を誰だと思っているんだ!」

 

健一さんは突然、大声で怒鳴りつけ、あろうことか店員の胸ぐらに掴みかかったのです。あまりの剣幕に、他の客も店員も凍り付きます。すぐに別の店員が割って入り、警察沙汰になることだけは避けることができました。

 

「なぜ、あんなことをしてしまったのだろう――」

 

健一さん、やってしまったことは理解できても、なぜ、自身があのような行動に出たのか、まったく理解できず。これまで築き上げてきたプライドも、この一件で粉々に打ち砕かれました。

 

なぜ、温厚だったはずの夫が、見ず知らずの店員に暴力を振るうような人間になってしまったのか。良子さんも絶望的な気持ちで、半ば強引に健一さんを専門外来へ連れて行きました。下された診断は、「アルツハイマー型認知症」。輝かしい経歴も、社会的地位も、築き上げてきた資産も、病の前では何の意味もなしませんでした。

 

2022年時点、65歳以上の認知症患者は443万人。さらに認知症の前段階といわれる「軽度認知障害(MCI)」は559万人で、双方合わせて高齢者の27.8%を占めています。また認知症のうち、67.6%が健一さんと同様「アルツハイマー型認知症」。19.5%が「血管性認知症」、4.3%が「レビー小体型認知症」と続きます。

 

認知症の初期症状として、もの忘れがひどくなったり、判断・理解力が衰えたり、時間や場所が分からなくなったり――また健一さんのように、些細なことで怒りっぽくなるなど、人柄が変わることも珍しくありません。自身も「おかしい」と思いながらも、そのような変化を受け入れることができず、苦しい思いをすることも。

 

健一さんはこれまで仕事一筋で高いプライドを持ってきました。だからこそ、自身の変化を受け入れることができなかった、そんな一面もあったかもしれません。診断を受けてから、健一さん夫婦の生活は一変しました。良子さんは介護サービスや地域の支援センターについて情報を集め、夫を支える日々を送っています。健一さんも、病気と向き合い、少しずつ穏やかさを取り戻しつつあるといいます。

 

「勝ち組」と呼ばれた元部長が「迷惑老人」と化してしまった悲劇。それは、誰にでも起こりうること。もし、身近な人の「あれ?」という変化に気づいたら、それは病気のサインかもしれません。早期に気づき、適切な支援につなげることが、本人と家族の未来を守るための第一歩となります。

 

[参考資料]

政府広報ライン『知っておきたい認知症の基本』