(※写真はイメージです/PIXTA)
90歳老親を介護する62歳息子
都内にあるメーカーで働いていた田中一郎さん(仮名・62歳)。長年勤め上げた会社で定年を迎え、その後は再雇用で契約社員として働くことを選びました。老後資金が十分とはいえず、また年金を受け取るまでの5年間、無収入という事態を避けるためには、働き続けること以外の選択肢はありませんでした。
定年前の月収は52万円。再雇用後は給与は大幅減。役職手当もなくなり、月収25万円と半分以下になります。厳しい現実を前に、仕事へのモチベーションは大きく低下。それでも「働かないといけない」という思いだけで、毎朝、混雑した通勤電車に乗っていました。
「5年、堪えればいい。そしたら仕事を辞めて、長旅にでも出よう」
史跡・旧跡をみるのが趣味だという田中さん。行ってみたい世界遺産がたくさんあります。年金生活に入ったら、「いつかみてみたい」と思ったものから順番に巡っていく――モチベーションが上がらないなか、それだけを楽しみに働こうと決めていました。しかし、そんな日常に、ある日突然、大きな波乱が訪れます。
60歳定年から2年ほど経ったころ、90歳になる父親が、認知症の症状を急速に進行させ、要介護状態になってしまったのです。母親はすでに他界しており、一人っ子の田中さんが父親の介護を担うしかありませんでした。
「お父さん、ご飯だよ」
「どこに置いたんだ? 大事なものが……」
認知症による物忘れや徘徊、そして夜間の不穏な動き。仕事から帰ればすぐに父親の世話に追われ、深夜にも度々起こされる日々が始まりました。日中は再雇用で与えられた単純な業務をこなし、夜は介護。心身ともに休まる暇はありません。
「もう、心が完全に折れました……」
田中さんは、誰にも言えない苦しみを抱え込んでいました。定年後の再雇用でただでさえ収入が減り、将来への不安が増しているなかで、突然降りかかった老親の介護。まさに、二重の苦しみが田中さんを襲っていたのです。