物価高騰が続くなか、厚生労働省の最新賃金統計では名目上の給料が着実に上昇していることが明らかになりました。しかし、その一方で家計の実質的なゆとりはなかなか感じられない――。賃上げの流れが定着しつつある一方、物価上昇がそれを上回る現状が、私たちの暮らしにどのような影響を及ぼしているのでしょうか。

労働時間の現状と産業別の賃金格差

労働時間の動向を見ると、就業形態計の総実労働時間は139.7時間で、前年同月比1.2%減となりました。所定内労働時間も129.5時間で1.2%減、所定外労働時間は10.2時間で2.8%減となっています。一般労働者も同様に総実労働時間が1.1%減、所定内労働時間が0.9%減、所定外労働時間が2.1%減と、労働時間は減少傾向にあります。これは、企業における労働時間短縮の取り組みや、生産性向上による効率化の進展が背景にあると推測されます。労働時間の減少は、ワークライフバランスの改善に寄与する一方で、労働者一人あたりの所得にも影響を与える可能性があります。

 

産業別の現金給与総額を見ると、業種によって増減に大きな差が見られます。特に「鉱業、採石業等」が30.7%増、「金融業、保険業」が9.2%増と大幅な伸びを記録している一方、「運輸業、郵便業」は2.9%減、「情報通信業」は0.3%増にとどまっています。この産業間の賃金格差は、各産業の景況感や労働力需給の逼迫度合いを反映してします。たとえば、製造業や金融業などでは、人手不足や業績好調を背景に賃上げが進んでいる一方で、運輸業のように厳しい経営環境に置かれている業種では、賃上げが鈍化している可能性があります。このような産業間の賃金格差は、今後の労働移動や産業構造の変化にも影響を与えるでしょう。

雇用情勢と今後の展望

雇用情勢に関しては、常用雇用者数は前年同月比1.7%増の5,151万人となりました。パートタイム労働者比率は30.84%で、前年差0.36ポイントの増加です。入職率が5.29%(前年差▲0.04ポイント)、離職率が4.00%(前年差▲0.17ポイント)となっており、労働市場は比較的安定しているといえます。入職率と離職率の動向は、労働者の流動性を示しており、労働市場の活性化にもつながる要素です。

 

今回、企業が人手不足に対応するため、賃上げや労働環境の改善を進めていることが、名目賃金の継続的な増加と労働時間短縮によって示されました。しかし、実質賃金がマイナスで推移している点は大きな課題です。物価上昇が家計の購買力を圧迫し続ける限り、個人消費の本格的な回復は見込みづらい状況が続きます。

 

政府や企業は、持続的な賃上げと同時に、物価の安定を図るための政策や企業努力がより一層求められます。賃上げのモメンタムを維持しつつ、生産性の向上やイノベーションの促進を通じて、企業が物価上昇を吸収できる体力をつけることが重要です。また、労働市場におけるミスマッチの解消や、多様な働き方を促進することで、労働者が能力を最大限に発揮し、より高い賃金を得られる機会を増やすことも必要といえるでしょう。

 

今後の日本経済を展望する上で、実質賃金のプラス転換は最優先課題のひとつ。名目賃金の伸びをさらに加速させ、物価上昇を上回る賃上げを実現できるかどうかが、日本経済の持続的な成長と国民生活の向上を左右します。

 

[参考資料]

厚生労働省『毎月勤労統計調査 令和7年4月分結果速報』