老後の安心は、思わぬきっかけで揺らぐことがあります。年金制度の常識が、ある日突然、高い壁となって立ちはだかる――そのようなケースも珍しくありません。
〈年金月38万円〉安泰の老後が74歳夫の突然死で一変。69歳妻〈まさかの遺族年金額〉に「年金はどこに消えたのよ!」と詰め寄るも、年金事務所の残酷な回答に撃沈 (※写真はイメージです/PIXTA)

「遺族年金」の算出ルールと繰下げ受給の盲点

最愛の伴侶を失くし、哀しみに暮れる和子さん。さらに追い打ちをかけたのが年金でした。年金を受け取っている人が亡くなった場合、考えるべき手続きは「年金受給権者死亡届の提出」未支給年金・未支払給付金請求」「遺族給付の請求」の3つ。

 

年金受給権者死亡届は日本年金機構に住民票コードを登録してあれば年金受給権者死亡届の提出は不要。未支給年金・未支払給付金請求は受給可能な年金をもらわずに亡くなった場合に行います。そして遺族(厚生)年金は、亡くなった人が厚生年金の加入者か受給者で、その人に生計を維持されていた遺族であれば受け取ることができます。

 

増額された年金で支えられていた生活。健一さんが亡くなったあと、いくらくらい年金が受け取れるのかは、すぐにでも把握しておきたいことでしょう。

 

そこで年金事務所を訪れた和子さん。窓口の担当者は丁寧に説明してくれましたが、その内容に和子さんは耳を疑いました。

 

「遺族年金は、概算で月10万円ほどになります」

 

あまりに少ない金額。「月10万円ですか? 夫は月33万円も年金をもらっていたのですよ。年金はどこに消えたんですか!」と、思わず声を荒げました。夫婦で月40万円あった年金が、突然夫が亡くなった途端に約月10万円に。自身の年金と合わせても月17万円ほどにしかなりません。これまで当たり前のようにあった経済的な余裕が、音を立てて崩れていくような感覚に襲われました。

 

窓口の担当者は、困惑する和子さんに、遺族年金の仕組みについてさらに詳しく説明を始めました。

 

まず健一さんは繰下げ受給により増額となった年金を受け取っていましたが、遺族年金は繰下げによる増額分は加味されません。さらに遺族年金に基礎年金に由来する遺族基礎年金と、厚生年金に由来する遺族厚生年金がありますが、和子さんが受け取れるのは遺族厚生年金だけ。給付額は増額前の老齢厚生年金の4分の3となります。その結果、ざっと計算すると10万円ほどになるというのです。

 

*65歳以上で老齢厚生年金を受け取る権利がある人が、配偶者の死亡による遺族厚生年金を受け取るときは、「死亡した一の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3の額」と「死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の額の2分の1の額と自身の老齢厚生年金の額の2分の1の額を合算した額」を比較し、高い方の額が遺族厚生年金の額となる。また65歳以上で遺族厚生年金と老齢厚生年金を受ける権利がある場合、老齢厚生年金は全額支給となり、遺族厚生年金は老齢厚生年金に相当する額の支給が停止となる

 

月40万円の年金を受け取っているのだから、この金額が基準となり、遺族年金額は計算されると思っていました。しかし、繰下げ受給の増額効果は、遺族年金にはまったく反映されないことに、和子さんは愕然としました。

 

「遺族年金は、残されたご家族の生活を保障するための制度であり、ご主人が生きていれば受け取れたはずの年金がそのまま引き継がれるわけではないのです」

 

年金事務所の残酷ともいえる回答ではありましたが、ルールはルール。仕方がありません。とはいえ、遺族年金は残された遺族の生活を支える制度であることに変わりはありません。万一の際にどれほどの遺族年金を受け取れるのか、概算でもいいので、調べておいて損はありません。

 

[参考資料]

ソニー生命保険株式会社『シニアの生活意識調査2024』

日本年金機構『年金の繰下げ受給』

日本年金機構『遺族厚生年金(受給要件・対象者・年金額)』