厚生労働省が5月に公表した「毎月勤労統計調査(令和6年度分)」の確報値を見ると、平均賃金が上がったという結果になっています。けれども、「そうは言われても生活が楽になった感じはしない」と首をかしげる方も多いのではないでしょうか。数字と体感のズレ――そのギャップの正体を探ってみると、今の日本の労働と暮らしの関係性が浮き彫りになってきます。
給料は上がったはずなのに、なぜ生活が楽にならない?日本を蝕む「見せかけの賃上げ」の正体 (※写真はイメージです/PIXTA)

名目賃金は上昇…でも中身を見ると「温度差」が

まず、数字の面から見ていきます。事業所規模5人以上で集計された現金給与総額は、1人あたり平均34万9,388円。前年比で3.0%の増加です。さらに規模が30人以上の事業所に限定すると、39万9,638円で、こちらは3.4%増でした。

 

「おお、これは賃上げ効果が出てるのでは?」と期待する声も聞こえそうですが、実際にはそう単純な話ではありません。統計を見ると、業種や就業形態によって、その恩恵の度合いはかなりばらついているのです。

 

たとえば、金融業や建設業では6%前後の賃金上昇が確認されましたが、複合サービス業では0.2%増にとどまっています。一方で、飲食サービス業などの低賃金業種でも、現金給与が3%台伸びているのは確かですが、もともとの水準が低いために生活の安定には結び付きにくいという課題が残ります。

 

また、「特別に支払われた給与」、すなわち賞与の増加率は7.5%と高水準を記録しました。これは企業収益の一時的な回復を反映しているとも取れますが、逆にいえば、月々の基本給(きまって支給する給与)の増加が鈍ければ、将来の安定感にはつながらないともいえるでしょう。

実質賃金はマイナス…暮らし向きはむしろ厳しく

ここまで賃金が「増えた」という話をしてきましたが、ここからが本題ともいえます。というのも、物価を考慮した「実質賃金」は、むしろ下がっているのです。

 

統計によれば、消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)を用いた実質賃金指数は「98.7」。これは前年比で0.5%のマイナスです。つまり、賃金が増えても、それ以上に物価が上がっているため、実際の購買力は落ちていることになります。

 

実際、昨年度の物価上昇率は3.5%。エネルギーや食料品など、日々の暮らしに密着する品目の値上がりが目立っており、家計の負担感は想像以上に大きいです。こうした背景があるからこそ、「給料は上がっているらしいけど、ちっとも生活が楽にならない」と感じる人が多いのでしょう。

 

たとえば、1円あたりで購入できる牛乳や食パンの量が、数年前より明らかに減っているのを体感している人も少なくないはずです。名目の数字だけでは測れない「実生活」の肌感覚。ここに、現代日本の経済的ジレンマがあるといえるでしょう。

 

さらに注目すべきは、非正規、特にパートタイム労働者の賃金動向です。時間あたりの所定内給与は1,357円(前年比4.3%増)となり、最低賃金の引き上げが波及していることがわかります。全国的な人手不足も後押ししているのでしょう。ただし、パート労働者の月収は平均11万2,637円と、依然として低い水準です。また、全体に占めるパートの比率は31%を超えており、その労働時間は月平均約80時間程度。これは正社員の約半分です。つまり、働く人の約3人に1人は短時間で低賃金。こうした構造は、経済全体の底上げにとって障害になり得ます。

 

また業種によっては、パートの労働時間や給与が減少傾向にある分野も存在します。情報通信業や建設業では、むしろパートの待遇が後退しているというデータもあり、「全体で改善」というにはまだ早い段階かもしれません。