20年間で勤労者世帯の「こづかい」が7割減少したことが話題になっています。物価上昇の影響もあると思われるものの、なぜこのように大幅に減少したのでしょうか。本稿ではニッセイ基礎研究所の久我尚子氏が、「こづかい」が近年減少している理由について詳しく分析、解説します。
若手人材の心を動かす、企業の「社会貢献活動」とは――「行動科学」で考える、パーパスと従業員の自発行動のつなぎ方 (写真はイメージです/PIXTA)

従業員の持続可能な行動をどう促すか~行動科学「SHIFTフレームワーク」からの示唆

1|SHIFTフレームワークとは~社員の持続可能な行動を引き出す“5つの心理スイッチ”

従業員が社会貢献活動やサステナブルな行動に積極的に参加するようになるには、制度や仕組みだけでなく、「なぜその行動に踏み出すのか」「どうすればその行動が定着するのか」といった、従業員が一歩踏み出し、行動が習慣化していくための心理的なトリガーに対する理解が不可欠であると思われる。

 

この点を体系的に整理した理論が、行動科学に基づくSHIFTフレームワーク⁵(SHIFT Framework)である。SHIFTは、人が持続可能な行動に移るまでの心理的プロセスを5つの視点から整理したモデルであり、「意識はあるのに行動できない」という“態度–行動ギャップ”の解消を目的としている。

 

出典:White. K. , Habib, R. , & Hardisty. D. J. (2029)
(図表1)SHIFTの5つの要素と企業の社会貢献活動への適用例 出典:White. K. , Habib, R. , & Hardisty. D. J. (2029)

 

 

これら5つの心理要因が組み合わさり、適切に機能することで、従業員の持続可能な行動は“無理なく自然に”定着していく可能性が高まると思われる。

 

たとえば、周囲の模範的行動(Social influence)が最初のきっかけを与え、それが繰り返されて習慣化(Habit formation)されることで、個人の価値観(Individual self)と結びついた行動が、より長期的に維持されやすくなる。さらに、活動の社会的意義や緊急性を伝えること(Feelings and cognition)や、参加による成果を“見える化”する仕組み(Tangibility)があれば、社員の行動意欲は一層高まると期待される。

 

SHIFTは、「行動を設計する」という実務的課題に対して、心理の視点から支援するフレームワークである。単なる制度設計にとどまらず、「人がどうすれば動きたくなるか」を可視化する道具として、企業のサステナビリティ推進や人的資本経営にも応用できると思われる。

 

________________

⁵ White, K., Habib, R., & Hardisty, D. J. (2019). How to SHIFT consumer behaviors to be more sustainable: A literature review and guiding framework. Journal of Marketing, 83(6)
この研究では、人が持続可能な行動を取る際に直面する内面的な心理的要因のうち特に「態度と行動のギャップ」に繋がる5つの要点(自己–他者のトレードオフ、長い時間軸、集団行動の必要性、抽象性の問題、自動的な行動から意識的な行動への切り替え)を整理しており、SHIFTフレームワークはその抑制や解消を促すツールと位置づけられている。なおSHIFTは、実証的な知見と理論的仮説の両面に基づくものであるが、先行研究では実際にデータを用いて実証されている訳ではない。なお、この論文のインパクトファクターは高くマーケティング分野ではトップレベルの学術研究成果と言える。

 

2|サステナブル行動の7つの心理因子~SHIFT理論との対応から見えてくる行動設計のヒント

ここまで、行動科学に基づいた「SHIFTフレームワーク」によって、人が持続可能な行動に至る心理的プロセスを5つの要素で整理してきた。ここからはそれらに加えて、ニッセイ基礎研究所の分析によって得られた、サステナビリティ意識に関する7つの心理因子(以下、「サステナ意識7因子」)との対応関係を示す。

 

これら7因子は、日本の消費者・生活者に対する意識調査に基づく実証データから導かれたものであり、SHIFTの各構成要素と親和性を持つことが見えてきた。

 

とりわけ、従業員の行動促進を考える上では、これらの因子が「行動の背後にある心理構造や心理トリガー」をより具体的に読み解く手がかりとなると期待される。

 

なお、この因子の具体的な内容については別稿⁶を参照頂きたい。加えて、本稿では因子2・3について、分析の焦点に即して「日常習慣意識(積極行動)」「日常習慣意識(消極行動)」と表現を調整している。

 

出典:ニッセイ基礎研究所「サスティナビリティに関する意識と消費者行動2024」
(図表2)SHIFT フレームワークとサスティナビリティ意識7因子(ニッセイ研究所)との関係 出典:ニッセイ基礎研究所「サスティナビリティに関する意識と消費者行動2024」

 

このようにSHIFTと重ねて見ていくと、サステナ意識7因子は、SHIFTが理論的に示した5要素を、より詳細かつ現場感覚に即して分解された実証的構造として読み解くことができるようになる。

 

SHIFTはあくまで理論モデルであるのに対し、サステナ意識7因子は調査データから抽出された心理的な因子モデルである。両者を照合することで、「何が従業員の行動を後押しし、逆に何が阻んでいるのか」という構造的な理解が深まることが期待される。

 

つまり、7因子はSHIFTと現場との“橋渡し”となる補助線として位置づけることができると言うこともできるだろう。

 

たとえば、因子4の「制約感」は制度設計や時間的配慮に関わるものであり、実務レベルでは「活動機会の明確化」「時間・費用の柔軟性」などによって緩和できる。因子6の「使命感」は、パーパス共有や社会課題に関するストーリーテリングによって喚起されうるものであろう。また、因子7の「障壁意識」は、成果の“見える化”といった手法で克服可能と思われる。このように、SHIFTとサステナ意識7因子の対応関係は、単なる理論的整理にとどまらず、企業の人事・サステナビリティ部門が実務で施策を構築・評価する際の「行動設計の地図」として活用できる可能性がある。

 

________________

⁶ ニッセイ基礎研レポート「サステナビリティに関する意識と消費者行動2024(2)」(2025年3月)