
優秀な若手人材の確保と定着は人的資本戦略の中核に
労働人口の減少が進む中、企業にとって優秀な若手人材の確保と定着は、人的資本戦略の中核の一つと言っても過言ではない。
一方、若手世代の働き方に対する価値観も大きく変化している。先行研究では、仕事を通じた社会的意義の実感や、会社外での成長機会を求める「自律的キャリア志向」が高まりを見せており、組織側にも新たな対応が求められている¹。このような状況において注目されているのが、「従業員が参加する形での社会貢献活動」である。制度上のCSRではなく、「社員が社会との接点を体感し、企業の存在意義(パーパス)を実感できる場」として設計し直す動きが、一部の企業で始まっている。

たとえば、2024年3月に公表されたサステナビリティ基準委員会(SSBJ)による開示基準案では、社会的影響や価値創造プロセスの可視化が求められているが、ニッセイ基礎研究所の調査²によれば、企業の社会貢献活動に社員が関与している事実は、消費者からの好意形成や信頼感、利用意向の向上に影響を与えることが確認されている。
特に、20代の若年層や子育て世代など、企業の「社会とのつながり」に敏感な層において、そのような企業の商品・サービスの利用意向が特に高まる傾向が伺える(数表1)。この結果は、単なる制度や寄付ではなく、「誰が、どのように、なぜその活動に参加しているのか」というストーリーの共有が、企業評価に直結する時代になりつつあることを示唆しているとも言えるだろう。言い換えれば、従業員の社会貢献活動への主体的な関与が、人的資本としての価値と企業のレピュテーション向上の両立を可能にする経営資源となる可能性を示しているとも言える。
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¹ 厚生労働省『人手不足等をめぐる現状と働き方等に関する調査(企業調査・労働者調査)』、2019年3月、調査期間:2019年3月1日~3月20日、調査方法:郵送配布・回収、有効回収数:4,599件(回収率23.0%)
² サステナビリティに関する消費者調査/(2024年調査)調査時期:2024年8月20日~23日/調査対象:全国20~74歳男女/調査手法:インターネット調査(株式会社マクロミルのモニターから令和2年国勢調査の性・年代構成比に合わせて抽出)/有効回答数:2,500
従業員の社会貢献活動への参加~離職リスク低減やエンゲージメント強化にも繋がる
さらに、先行研究³では「本業のスキルを活かした社会貢献活動への意欲」と「組織コミットメント」の間には有意な相関があり、離職リスク低減やエンゲージメント強化につながる可能性も指摘されている。ただし、こうした施策が効果を発揮するには、トップダウンのメッセージ発信や制度設計だけでは不十分であるとも思われる。

経団連の調査⁴によれば、現実には、社会貢献活動が一部の熱心な社員によって支えられており、組織全体への浸透や日常業務との接続が難しいという声も多く聞かれる。言い換えれば、「制度はあるが、実際に動く人がいない」状態に陥る可能性もあるだろう(数表2)。
本稿では、こうした論点を踏まえ、行動科学の知見をベースにしながら、従業員の内発的モチベーションを引き出すための制度設計や社内コミュニケーションのあり方を分析・考察していく。
先に本稿の結論を申し上げれば、企業の人事部門やサステナビリティ推進部門が「従業員が参加する形での社会貢献活動」の促進に向けて取り組むべき実務課題は、以下のような5つの論点となる。
(2) 障壁の除去:社内での「時間的・心理的な制約」をどう取り除くか
(3) 参加導線の設置:活動機会を「わかりやすく、参加しやすい形」でどう提供するか
(4) 形骸化の抑止:継続的に意味づけを行い、「形骸化」をどう防ぐか
(5) 価値創造との接続:活動の成果をどう企業の価値創造と結びつけて発信するか
本稿ではこれらの論点について、行動科学の視点からのデータ解析を踏まえて、特に、「パーパスの実装」について、サステナビリティ経営を組織内部に定着させるための実務的インプリケーションを提示していく。
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³ 高島健太郎・西垣朋哉・渡邉汐音・竹下智之(2020)「若手従業員の『本業外のキャリア開発活動』への意欲と組織コミットメントの関係に関する分析」,『日本経営工学会論文誌』,Vol.12
若手従業員が自律的に行う「本業外のキャリア開発活動」を因子分析した結果、**「自己研鑽」「社外の仕事への従事」「社会貢献」**の3因子が抽出された。そのうち「社会貢献」因子のみが組織コミットメントと弱いながらも正の相関(r=0.24, p<0.001)を示した。これは、従業員が社会貢献活動に意欲を示す場合、企業への帰属意識や情緒的コミットメントが向上する可能性を示唆している。
⁴ 日本経済団体連合会「社会貢献活動に関するアンケート結果」(2025年1月公表)。2024年9~11月に会員企業(n=149~152)を対象に実施したアンケートでは、「活動に参加・協力する社員の広がり」が社会貢献活動推進上の主要な課題として挙げられた。特に「重大な課題である」と認識する企業は29%、「やや課題である」と認識する企業は41%にのぼり、合わせて7割近くの企業が従業員参加の拡大を課題視している。