人生100年時代、老後の暮らしには予期せぬ変化がつきものです。なかでも、年齢を重ねた仲のよい夫婦でも、別居せざるを得ない事態に直面することも珍しくないといいます。
もう限界、ごめんね…〈年金月12万円〉73歳妻、50年連れ添った〈年金月17万円〉78歳夫との別居を決めた「絶望的現実」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「家を手放す決断」と「安心して暮らすための選択」

事故後、京子さんは地域包括支援センターに相談し、夫のショートステイ(短期入所)を利用。その間に今後の暮らしについて真剣に考える時間を持ちました。そして出した結論は、特別養護老人ホーム(特養)への入所申請です。

 

夫婦で万一のことがあった際のことを話し合ったとき、「最期は自宅で」と確認したからこそ、京子さんの葛藤は深いものでした。しかし、「共倒れしてはいけない」との思いが決断の後押しになったといいます。施設への入所にあたっては、隆さん自身も最初は拒否反応を示しましたが、繰り返し話し合い、「別々に暮らしても夫婦であることに変わりはない」と納得してくれました。

 

Q.パートナーとの老後の暮らしは

・できるだけ二人で長く暮らしたい…76.8%

・2人暮らしをしつつ、どちらかに介護が必要になったら別居したい…11.6%

・パートナー関係を維持しつつ、元気なうちから別居したい…5.9%

・パートナー関係を解消したい…4.6%

・その他…1.1%

 

Q.パートナーに介護が必要になったら

・できるだけ自分で介護したい…19.8%

・できるだけ自分や家族、親族で介護したい…12.2%

・必要な部分はプロに任せたい…49.1%

・全面的にプロに任せたい…11.6%

・わからない…7.3%

出所:株式会社LIFULL senior『パートナーとの老後生活に向けた意識調査』

 

問題は費用面でした。特養は比較的安価とはいえ、月額で10万円程度の負担が必要です。夫婦の年金と貯金だけでは、将来的には不安が残りました。最終的に京子さんが選んだのは、夫婦で50年近く住んできた自宅の売却です。

 

「手放したくなかった。でも、ここに住み続けるより、夫と私が安全に、安心して暮らせることのほうが大切だと思ったんです」

 

自宅は築年数の経過した木造住宅でしたが、立地が良かったこともあり、2,000万円ほどで売ることができそうです。施設利用料と、今後の京子さんの生活費に充てるため、慎重に資金管理を行うことを決めました。

 

京子さん自身は高齢者向けの賃貸住宅へと転居することにしました。月額約5万円の1DKで、バリアフリー設計や緊急通報システムも完備されています。「最初は心細かったけれど、今は誰にも迷惑をかけない生活ができてホッとしています」と語ります。

 

施設に入所した隆さんとは、週に2~3度の面会を続けており、誕生日にはケーキを持って訪ねるなど、今も変わらぬつながりを大切にしています。

 

介護は、夫婦の絆を試す出来事でもあります。仲がよかった夫婦でさえ、身体的・精神的な疲弊により、互いに感情的になることは避けられません。「夫のために」と始めた介護が、いつの間にか「義務」や「負担」に変わってしまうこともあるのです。

 

上野夫妻の場合、「別々に暮らす」という決断が、かえって穏やかな関係を保つきっかけになりました。「今のほうが、あの人に優しくできている気がする」と京子さんは静かに語ります。

 

人生100年時代、介護は誰にとっても他人事ではありません。最期の瞬間まで寄り添うという形は一つではなく、「離れて見守る」という方法もまた、選択肢のひとつになりつつあります。

 

老後の生活設計には、健康状態の変化と介護の可能性、そしてその費用まで含めた“現実的な準備”が求められています。施設利用や住み替え、自宅の売却といった選択は、一見ドラスティックに見えるかもしれませんが、その背景には「続けるため」の努力と、「暮らしを守る」ための決断があるのです。

 

[参考資料]

厚生労働省『令和4年国民生活基礎調査』

株式会社LIFULL senior『パートナーとの老後生活に向けた意識調査』