
「高齢者が働くのは普通」になった社会の背景
工藤さんのように、70代でも働き続ける高齢者は少なくありません。総務省『労働力調査』によれば、65歳以上で働いている人の割合は年々上昇傾向にあります。2024年、65歳以上の高齢者の労働力人口は946万人、就業率は25.2%。過去最高を記録しました。
高齢者が働く理由としては、「収入の補填」が最も多く挙げられています。「健康のため」「社会とのつながりを持ちたい」といった前向きな理由もありますが、年金だけでは生活が成り立たないという事情から、働かざるを得ないというのが現実。心の奥底では「やめたら生活が成り立たない」という不安を抱えている高齢者も少なくないのです。
夫婦2人暮らしで、年金月23万円という生活は、表面的には「平均的」ともいえる水準です。厚生労働省『令和5年 簡易生命表』によれば、男性の平均寿命は81.05歳、女性は87.09歳。多くの夫婦が20年以上の老後をともに過ごす時代に入りました。延び続ける「老後」に対し、お金の不安は増していきます。さらに昨今の物価高で年金を頼りにしている高齢者の生活は逼迫。「働けるうちは働いて収入を得る」ことは、安心を得るための数少ない選択肢のひとつです。
そんななかで、工藤さんの心に刺さったのが、孫の「なんで働いてるの?」という問いかけでした。年金をもらっているのに働き続ける祖父の姿が、幼い孫には不思議に映ったわけです。
「笑ってごまかしましたけど、内心では『ごめんな』って思っていました。自分たちがもっとしっかり老後に備えていれば、あるいは社会の仕組みがもう少し違っていれば、孫の世代はもっと安心して暮らせるのに。そのようなことまで考えたら、涙がこぼれそうになりました」
「孫たちの老後はもっと悲惨なことになる」。そんな背景を感じているからこそ、孫のひと言に心を揺さぶられたのかもしれません。将来を生きる孫たちに、同じような苦労を味わわせたくない……。その気持ちは、今の高齢者が抱える静かな「懺悔」です。
厚生労働省が2024年に公表した最新の財政検証によれば、現役世代の手取り収入に対する年金給付水準(所得代替率)は、2024年度の61.2%から、2057年度には50.4%まで低下する見通しが示されています。
また、夫婦2人の年金月額が2024年度の22.6万円から、2057年度には21.1万円に減少すると予測されています。将来の年金給付水準の低下が見込まれるなか、若い世代は公的年金だけに頼らず、自助努力による資産形成が一層重要となっています。NISAやiDeCoなどの制度を活用し、早い段階から老後に備えることが求められているのです。
「じぃじはね、おもちゃを買うために働いているんだよ」
小さな孫の質問にごまかしの回答。工藤さんは、さらに静かな「懺悔」を重ねます。
[参考資料]
総務省『労働力調査』
厚生労働省『令和5年 簡易生命表』
厚生労働省『将来の公的年金の財政見通し(財政検証)』