スタッフの雇用形態や報酬など、人件費の定め方
人的依存が高い「労働集約型産業」と言われるクリニック経営では、スタッフにかかる人件費が固定費の中でも大きな割合を占めます。
そのため、いかにムダな人員配置を払拭できるかが固定費抑制のポイントになります。
以下に、人件費を適切に定めるための具体的なアプローチを挙げてみましょう。
◆柔軟な雇用形態と給与体系
事務的なルーチンワークに長時間携わるスタッフが正社員として勤務している場合、パートや契約社員に置き換えることが得策です。
給与体系が時給制や日給制のスタッフについては拘束時間が調整しやすく、人的コストの抑制につながります。
また、来院患者が少ない時間帯には、スタッフの配置や診療時間の見直しを行い、労働力を平準化しましょう。
必要なときに必要なだけのスタッフを稼働させることで、ムダな人件費の発生を防げます。
◆成果報酬の導入
良質な医療を継続的に提供していくためには、患者対応や診療補助を行う看護師などの専門スタッフが不可欠です。
しかし、賞与については勤続年数に応じて一定額を支給するのではなく、業績と連動した成果報酬型の導入を検討しましょう。
クリニックの業績向上に伴って賞与もアップするしくみは、スタッフのモチベーションにおいても有効です。
◆給与水準の見直し
スタッフ個々の労働力と報酬が見合っているか、客観的な視点を持つことは重要です。
同規模クリニックの人件費を調査・比較し、地域性や社会情勢も勘案しながら、医療業界の標準に合わせた適切な給与水準を設定しましょう。
◆業務のDX化
医療DXへの取り組みを進め、作業の効率化を図ることも人的コストの抑制に役立ちます。
受付の書類業務をデジタル化したり、電子カルテを導入したりすることで、人的ミスや業務負担を減らせます。
オンライン診療や予約システムを取り入れることも、スタッフが関わる作業を減少させ、人件費を抑えつつ、患者サービスの向上につながるでしょう。
ただし、DX化に伴う維持費やメンテナンス費など設備面での固定費が膨らむ可能性があるため、費用対効果の高いツールを選ぶことがポイントです。
これらのアプローチを組み合わせ、クリニックの経営効率を向上させることで、人件費を効果的に抑えながらも質の高い医療サービスを提供することが可能です。
医療機器は購入か?リースか?…重要な設備費の捉え方
設備費は、クリニック開業時の初期投資としてだけでなく、開業後の固定費になり得るかどうかを検討する必要があります。
クリニックの設備は、内装と医療機器に大きく区分されます。
内装には診察室や待合室の家具、什器、受付カウンターなどが含まれ、医療機器では検査や診断に用いるレントゲン、エコー、心電計などが代表例です。
設備費を考える場合、コストの大きい医療機器を「購入するか」「リースにするか」という選択を迫られます。
購入の場合、自院の所有物(資産)として持ち続けることができ、一括払いなら固定費としてのランニングコストが発生しません。
ただし、初期投資が大きく、償却資産税や定期的なメンテナンスにかかる費用を考慮する必要があります。
一方、リースの場合は初期費用を抑えつつ、将来的な機器の入れ替えやアップグレードを柔軟に行えることがメリットです。
しかし、自己所有にならず、毎月一定のリース料がランニングコストとなり、リース料総額は購入の場合より割高になります。
ポイントは、設備にかける資金繰りと、その機器をどのくらい使い続けるかという点です。
まとまった設備資金を開業時に用意できない場合は、分割払いの購入、もしくはリースを選択することになるでしょう。
その機器が数年でモデルチェンジ、あるいはアップグレードの可能性が高い場合は、リースを選択するほうがいいかもしれません。
リース期間は通常5〜6年とされており、契約終了後には再リース契約や購入を検討することが一般的です※。
※ 国税庁「ソフトウエア・リース取引に係る税務上の取扱いに関する質疑応答」
(https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/hojin/0212-2/01.htm)
再リース契約はリース料が低くなる場合があり、機器を変更しないのであれば継続使用が得策とされています。
開業医が実現したい医療と予算の両立は難しい課題ですが、医療機器に関しては事業が軌道に乗った後に追加購入を検討するケースも増えています。
設備費を固定費として捉える場合、クリニック経営に及ぼす影響は小さくないため、開業資金や診療の計画性を含めて慎重に検討することが重要です。
開業医のリスクに備える保険も固定費の一環
開業医はさまざまなリスクに直面する可能性があります。
勤務医とは異なり、自身の家族や雇用するスタッフ、自院の施設など、独立した立場で守るべき存在が多くなるからです。
特に、医療事故による訴訟への備えは、医業を営む上で大きなリスクとして決しておろそかにできません。いつ、どのような形で起こるかわからないトラブルや災いに備えるためには、固定費の一環として「保険」への意識が重要になります。
開業医にはどのようなリスクがあり、そのリスクに対応した保険はどういったものがあるのかをしっかりと認識しておくことが大切です。
◆リスクに応じた開業医向けの保険
開業医が備えるべき保険にはいくつかの種類がありますが、主に「開業医向けの保険」を取り上げてみます。
医師賠償責任保険
医療行為に起因する事故が発生した際に、訴訟や紛争に伴う法律上の賠償責任を補償する保険です。医師本人だけでなくスタッフによる医療事故も対象となります。
医療施設賠償責任保険
医療施設の所有・使用・管理に起因する事故に対して賠償責任を補償します。施設の不具合やスタッフの不注意による第三者への損害にも適用されます。
休業損害補償
開業医が交通事故や自然災害などでクリニックを休業した場合、その休業による経済的損害を保険によって補償するしくみです。休業中の家賃やスタッフへの給与支払い、借入金など、経済的リスクを軽減します。
GLTD(団体長期障害所得補償保険)
開業医がケガや病気で長期にわたって働けなくなった場合、減少した所得を長期間補償する保険です。同様にスタッフを対象とすることも可能です。
団体信用生命保険
万が一、開業医が亡くなった場合、開業資金や借入金などのローンを保険金で全額返済することができます。
火災保険
クリニックの建物や医療設備に対して、火災・風水災などの自然災害による損害に備える保険です。
◆固定費としての保険の位置づけ
保険費を固定費として位置づけることは、経営の安定性を保つ上で賢明な考え方です。
必要不可欠なコストに組み込むことで、予期せぬリスクにも柔軟に対応でき、突発的な支出による経営への影響を最小限に抑えることができるでしょう。
また、適切な保険への加入によって、スタッフが万全のリスク対策を講じていると認識し、信頼感が築かれます。
開業医に必要な保険の選定と定期的な見直しは、クリニックの持続可能な経営のために欠かせないプロセスです。
◆保険を節税の視点から考える
保険費を固定費として捉える際には、節税の視点も重要です。
開業医が適切に保険を活用することで、税制上の優遇措置を受けることができます。
例えば、開業医が個人として生命保険に加入する場合、その保険料は所得税法において生命保険料控除の対象となります。
生命保険料控除とは、年間に支払った保険料に応じて一定の金額が所得から差し引かれる制度です。
この制度を利用することで課税対象となる所得が減り、所得税や住民税を軽減することができます。
つまり、個人としての節税効果につながります。
また、医師賠償責任保険に支払う保険料は、医業所得の計算上その全額が必要経費として捉えられます。
クリニックの利益から経費として差し引かれ、結果的に課税対象の所得が減少します。
課税ベースが低減されるため、クリニックの税務上の負担を軽減する役割を果たします。
固定費は、医療の質を維持するために必要なコスト
固定費を抑えるといっても、医療機関であるクリニックは人の健康と命を預かるところです。
一般企業のように効率だけを優先するわけにはいきません。
あくまでも「医療の質を維持するために必要なコスト」という前提で、開業医としての責任やリスクも踏まえ、適切な着地点を目指しましょう。
株式会社フィンテック(ONE FPグループ)
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