(※写真はイメージです/PIXTA)

クリニックにとって大きな影響を及ぼす、インターネットや地域でのクチコミ、評判。そこへ「いわれのない悪評」を流されれば、クリニックは多かれ少なかれ、経営上のダメージを受けることになります。とくに退職した元職員による悪評は、インターネット上でも、知人同士の噂話でも、信ぴょう性が高いものとして大きな影響力を持ちます。このような元職員による悪評の拡散にどう対応するべきか、法的観点から解説していきます。本連載は、コスモス薬品Webサイトからの転載記事です。

元職員による「悪評拡散」が起こる理由

元職員が退職後にクリニックの悪評を広める理由には、いろいろなものが考えられますが、やはりいちばん多いのは、在職時の不満と退職時のトラブルでしょう。

 

もともと医療機関は、業務の性質上、職員のストレスが非常に高いといわれており、不満もたまりやすい現場です。そのようななか、退職したことで職場への気遣いの必要がなくなった結果、これまで抑圧していた職場への不満が噴出・拡散することが考えられます。

 

また、近年多く普及している匿名性のSNSの手軽さも、不満の吐露・悪評の拡散に拍車をかけているといえるでしょう。

 

退職者による悪評の拡散は、クリニックに対して非常に大きなダメージを与えます。内部の職員しか知りえない情報は、一般的なクチコミや評判とは異なり「信ぴょう性が高い」と捉えられます。その結果、悪評が真実であるかのように拡散され、患者様に悪影響を与えるのはもちろん、クリニックへの就職を考えている医療従事者にも悪影響を及ぼすなど、営業・人材確保の双方からダメージを受けることになってしまいます。

 

このように非常に大きなダメージとなりうる、退職者による悪評の拡散に対し、クリニックはどのような事前の防止策、そして起こってしまった場合の対応策を取るべきでしょうか。

事前の防止策

悪評拡散を防止するいちばんの方法は「事前の防止策」につきます。そのためには「職員が退職する際のトラブルを防ぐ」ことがなにより重要になるのです。一度広まった悪評の影響を完全になくすことが容易でないのは、さまざまな情報拡散手段のある現代においてある意味常識であり、その点からも「悪評を外に出さないようにする」という対策が、最も効果的であることに変わりません。

 

①あえて白黒をつけず「退職トラブル」を回避する

悪評を外に出さないようにするには、職員の退職時のトラブル予防が重要であり、円満退職が望ましいことは、容易に想像がつくでしょう。

 

では、具体的にどうやってトラブルを回避すればいいのでしょうか。

 

そもそも、悪評拡散のリスクのある退職者の場合、「職場に不満を持っている」または「退職に納得していない」というパターンが多く見られます。このような場合、当該退職者に「退職を納得してもらう」ことが重要であるとともに、退職の原因を断定しないことも重要となります。どういうことかというと、

 

「退職の原因が職員(労働者)側にある」とクリニックが通告した場合、労働者からすれば「自分が悪者にされて辞めさせられた」という感情になりますし、「退職の原因がクリニック(使用者)側にある」と通告すれば、労働者は「自分は悪くないのに辞めさせられた」という感情になり、被害感情を抱くことになります。

 

トラブル性を帯びている退職の局面において、経営者が「責任の所在をはっきりさせたい」という気持ちをもつのも理解できますが、ここで真相をあえてはっきりさせず、「マッチングのミスだった」「クリニックの空気ややり方が、退職者と合わなかった」など、あえてうやむやにして、退職者を刺激しない着地を検討したほうが得策なのです。

 

もちろん上記の前提として、在職時に適切にコミュニケーションを取ること、退職時に適切な手続きのフォローをすることが重要なのは、いうまでもありません。

 

②退職合意書を締結する

そのうえで、労働者が退職に合意してもらった場合には、退職合意書を準備し、そのなかに口外禁止条項を付けることも重要です。「退職に至る経緯や、クリニック内部の事情について口外しない」ことを誓約してもらうことで、違反があった場合の損害賠償請求等の可能性が抑止力となり、悪評拡散の可能性が相当に低くなることが期待できます。

悪評拡散が起こってしまった場合の対応策

では、実際にクリニックの悪評が広まってしまった場合の対応策として、どのようなものが考えられるでしょうか。

 

①悪評に対する対応策の決定

最初に決めるべきなのは、すでに拡散されている悪評に対し、クリニックがどのようなスタンスを取るかを決定することです。これは、拡散された悪評の内容や拡散の程度、悪評を知った周囲の反応やクリニックへの問い合わせの程度によって決定すべきであり、一律に正解があるものではありません。

 

たとえば、

 

1. 無視する:虚偽に近い内容が拡散され、拡散の程度も狭く影響が小さい場合の対処

 

2. クリニックHPに釈明を出す:悪評が広く拡散されたうえ真実と受け取られ、クリニックに対する反響も大きい場合の対処

 

3. 投稿先へ削除申請を行う:特定のSNSやメディアによって拡散され、その影響が大きい場合の対処

 

といった対応策が、それぞれ検討されるところです。もっとも、対応策を誤った場合、ほとんど効果が得られないどころか、逆にさらに評判を落とすリスクもあることから、専門家に相談のうえ、適切な対応を取ることが必要です。

 

②退職者に対する対応

そのうえで、悪評を拡散した退職者に対して、特定を行い、法的措置を採るかどうかの検討も行うべきだといえます。とくに悪質性が高く、悪評拡散によってクリニックが受けたダメージが大きい場合は、不法行為による損害賠償請求といった訴訟提起を視野に入れた対応も必要です。

 

こちらの手続は「発信者情報開示請求」(※匿名のSNSでの悪評拡散の場合)と「損害賠償請求」という2つの訴訟手続きを経る必要があり、決してハードルは低くありませんが、ときに毅然とした対応を取るべきこともあると理解しておくことが重要です。

トラブルが起きる前から、専門家と連携して抑止に努めよう

退職者による悪評の拡散は、元をただせば労働トラブルが起因となっている可能性が高く、どのようなクリニックにおいても起きうるリスクといえます。もっとも、一度悪評の拡散が起こってしまった場合、クリニックは集客面、採用面と多くの経営上のダメージを受けることとなり、対応にリソースを割く必要が生じます。

 

すでに悪評の拡散が起こってしまった場合のみならず、普段から専門家と連携してリスク管理をすることが重要です。

 

 

寺田 健郎
弁護士 弁護士法人山村法律事務所