低所得世帯を対象に、電力・ガス・食料品等の価格高騰による負担を軽減する支援として支給されている「物価高騰緊急支援金」。しかし、本当に必要な世帯に届いているかどうかは疑問があり……。本記事では山本さん(仮名)と伊藤さん(仮名)の事例の比較から、個人税制と社会保障の現状についてニックFP事務所のCFP山田信彦氏が解説します。
金融資産1億円超、年収1,000万円…悠々自適な60歳元会社員のもとへ、市役所から「物価高騰緊急支援金・10万円」が届く理由【CFPが解説】 (※写真は実際の物価高騰緊急支援金の案内)

65歳で貯えがなく職探しを続けるも、支援対象外

もうすぐ65歳になる伊藤さん(仮名)の昨年の年収は400万円程度でした。

 

勤めてきた一般企業を60歳到達時に定年退職し、再雇用の際に年収は大幅に減ってしまいましたが、伊藤さんには有難い話でした。晩婚で独身時代は趣味のバイクを何台も乗り換えたりしていたことと、結婚後は教育費と自宅購入の支出が50代で重なり、ほとんど貯蓄ができていなかったのです。

 

しかしその再雇用も65歳までです。

 

公的年金を補う老後資金がまだ十分ではない伊藤さんの日課は求職サイト情報をチェックすることですが、そのついでに見たニュースには「低所得者への物価高騰緊急支援金」が報じられていました。

 

伊藤さんは山本さんのような給付金受給者が一定数存在することも知らずに、「自分は支援金の対象にはならない程度は稼げているということだ」とつぶやきながら、65歳以降も働き続ける覚悟を決めて求人情報の検索を続けました。

マイナンバー制度が果たすべき役割

企業の財務分析では期間損益を示す損益計算書と期末時の資産状況・会社規模を表す貸借対照表が両輪であり、各特例適用の判定にもこの2点がよく使われています。

 

一方、個人に対しての判定材料は生活保護給付など一部を除いてそのほとんどは単年の所得関係にのみ偏っていますが、その最大の理由は個人金融資産を包括的に把握するシステムがないことです。

 

また、その所得だけを見ても、いわゆる「金融所得」と分類されるものに関しては山本さんのケースのように確定申告対象に含めない「申告不要」を選択する限り、その金額は社会保険料負担または各種給付の判定基準から多くの場合除外されています。

 

マイナンバー制度に反対する人たちの最大の理由は「情報漏洩リスク」「セキュリティ体制への不信感」ということらしいですが、これは技術的な論点であり、制度利用強化への本質的議論とは異なります。国家にマイナンバーを通じて金融資産を把握されることは将来的な資産課税の道筋を作ることになるとの声もあります。その可能性を完全には否定できませんが、結局は現在でも本人死亡時には個人資産の全容を明らかにして、一定額以上になると相続税が徴収されます。

 

なにか後ろめたいことをしていない、ないしはする予定がない限り、個人情報の一元化はデジタル化が進捗する社会では肯定的に受け止めるべきでしょう。

 

それでもどうしても抗いたいというのであれば、試行錯誤的に起こる技術的問題を鬼の首でも取ったかのごとく叩いて留飲を下げるレベルではない、またはオカルト的な国家陰謀論でもない制度反対への理由を示すべきではないでしょうか。

 

社会保障制度の本来の理念に沿った運用にはすべての収入(フロー)に加えて資産(ストック)も反映されるべきであり、その手段としてマイナンバー制度を利用することに関して、社会正義の観点から正々堂々と議論されるべきと考えます。

 

日本社会の高齢化加速により、65歳以上の介護保険料や75歳以上の後期高齢者医療制度保険料、ならびに窓口負担割合の見直し等のニュースも耳にしますが、やはり基本は収入または所得だけでの線引き議論です。