定年退職をするも「ゆとりの老後」とはいかない日々

若鮎太郎さん(65歳)は、長年勤めた地方の小さな食品メーカーを定年退職し、年金生活に入ったばかりでした。仕事を退職してようやく自由になれた一方で、お金の不安に悩まされていました。

子どもはすでに独立し同じ年の妻と2人暮らしですが、40歳で一大決心して購入した家の住宅ローンはあと10年間続きます。会社の業績悪化のあおりを受け、退職金も想定より少ない金額でした。現役時代の給料も高いとはいえず、年金は夫婦で月21万円。ゆとりの老後とは言えない状況です。

「これまで真面目に働いてきたのにお金の不安ばかり。長生きなんてしたくないな」とボヤく日々でした。

そんな時に目に入ったのが、新NISA開始のニュースです。ネットを見ると、新NISAは国のお墨付きの制度であり、使わないと損だと言わんばかりの記事までありました。

新NISAをフル活用:老後の夢が一瞬で悪夢に変わる瞬間

太郎さんは、不慣れながらもXやインスタグラムを時折見る「いまどきシニア」でした。そこで見かけたインフルエンサーの「米国株なら間違いなく儲かる」という言葉に魅了されます。過去の市場パフォーマンスなどの裏付けに説得力があり、「今すぐ始めるべき」と断言していたこと、そして、彼の意見に同意するコメントがたくさんついていたことが背中を後押ししました。

こうして大切な退職金の一部を投資に回すことを決意した太郎さん。さっそく新NISA口座を開設しました。さらに、インフルエンサーの「新NISAは最短で枠を埋めるのがベスト」という意見を信じて、迷うことなく米国株ファンドに240万円を一括投資し、毎月10万円の積立投資をセッティングしたのです。

投資を始めてから数か月、資産の増加を確認するのが太郎さんの日課になりました。周囲に「これからは投資の時代だよ。米国株なら間違いないってみんな言ってるよ」などと話をするまでになっていました。

老後の夢は日に日に鮮明になっていきましたが、8月のある朝、その夢は悪夢へと一変しました。相場が突如として急落したのです。

冷静になれば「評価額が下がっただけで、実際の損失ではない」と理解できたはずです。しかし、太郎さんは「自分の大切なお金が減ってしまった」と狼狽。SNSやニュースサイトを見れば、さらなる暴落を予言する不吉な声が渦巻いていました。

「このまま際限なく資産が減るのではないか」…目に見えない恐怖の影に取り憑かれた太郎さんは、保有していたファンドをすべて売却してしまいました。しかし、これこそが投資の世界で最も警戒すべき「感情の罠」だったのです。

ところが、その後、相場は急上昇。あわててもう一度同じ米国株ファンドに一括投資しようとしましたが、売却で空いているはずの新NISA枠での投資ができません。新NISAの成長投資枠の空き枠はゼロと表示されているではありませんか。

慌ててネット証券会社のヘルプデスクに電話をしたところ、思わぬ事実に気づくことになりました。