そもそも「地面師」とはどのようなものか?
Netflixで配信されているドラマ『地面師たち』が話題を呼んでいます。
「地面師」とは、他人の土地の所有者になりすまして、その土地を売却するふりをして、売却代金を騙し取る詐欺師のことです。
このドラマがヒットした理由は、綾野剛、豊川悦司、小池栄子ら実力派俳優陣の快演もさることながら、ドラマの素材が、一流企業が詐欺師に55億円ものお金を騙し取られた現実の事件だという点にもあるでしょう。
「ほかの人間になりすまして、何億円、何十億円もする不動産を売るなんて、そんなこと現実にできるのか? すぐにばれるんじゃないか?」と思われるかもしれませんが、地面師詐欺事件は昔から行われている犯罪で、現在もあとを絶たないのです。
本記事では地面師の手口のほか、土地所有者が面師に騙されないための注意点を解説します。
ドラマ原作の素材となった「積水ハウス地面師事件」
ドラマ『地面師たち』の原作は、小説家・新庄耕による同名の小説です。この作品は、2017年に起きた「積水ハウス地面師事件」あるいは「五反田地面師事件」などと呼ばれている詐欺事件を素材にしています。
この詐欺事件の舞台となった土地は、東京品川区にあった「海喜館(うみきかん)」という旅館です。
海喜館は、JR五反田駅から徒歩3分という好立地で、約600坪という広大な敷地であることから、以前から多くの不動産デベロッパーが目を付け、所有者には頻繁に売却提案がなされていました。しかし、所有者はそんな不動産デベロッパーを嫌い、2015年に旅館を廃業した後も自らそこに住み続けていたそうです(詐欺事件が起きた当時は病気で入院していました)。
そのような、不動産デベロッパーなら誰もがほしがる好立地の土地を「買わないか?」と持ちかけられたのが積水ハウスでした。
積水ハウスは、偽造された権利証や本人確認書類(パスポートや印鑑証明)などに騙され、2017年4月に売買契約を締結。手付金14億円を支払い、さらに6月に仮登記をしたのち、売買代金の一部の49億円を支払うなどして、計55億5,000万円のお金を地面師に騙し取られてしまったのです。
その後、15名の容疑者が逮捕され、そのうち10名が起訴され有罪判決を受けました。民事訴訟も提訴されましたが、騙し取られた55億5,000万円のうち、積水ハウスに返還されたのは5,000万円だけだったそうです。
組織的に詐欺を行う、プロの犯罪集団
積水ハウス地面師事件では15名もの逮捕者が出ていることからわかるように、地面師は、役割分担したグループとなって活動し、長期間にわたる入念な準備をして詐欺を実行します。
役割として、犯行全体の企画をする主犯、詐欺の舞台となる物件の調査役、所有者になりすます役、売り主の代理人として買い主と交渉する役、司法書士などの士業役、各種書類の偽装役…など多岐にわたります。いずれも「詐欺のプロ」であり、一般人が見破るのは容易ではありません。
地面師に狙われやすい不動産
地面師が詐欺の舞台とする「買い手を騙しやすい不動産」には、以下のような特徴があります。
(1)所有者が居住していない
所有者が該当の不動産に居住していれば、買い手はすぐに本物の所有者に接触できてしまいます。そのため、所有者が居住していない不動産が狙われます。
とくに、所有者が遠方や海外在住で、近隣の住民も所有者をよく知らないといった場合は、買い手が本人確認をする手段が限られるため、狙われやすいといえます。
(2)好立地で不動産事業上の価値が高い土地
都心部にある、駅から近くて広いなど、不動産事業上の強い需要がある土地は、買い手の購買意欲が高くなります。つまり、詐欺師からすれば騙しやすい土地になります。
またそのような土地は、得てして売買価格も高く、詐欺が成功すれば多額のお金が得られることからも、地面師に狙われやすくなります。
(3)遺産分割争いなど親族トラブルがある
親族トラブル等がある不動産の場合は、取引のプロセスで不自然な点があっても、トラブルを理由にあげることで、買い手をごまかしやすくなります。
なぜ「地面師」に騙されてしまうのか?
積水ハウスのような上場もしている一流企業が、どうして詐欺師に騙されてしまったのか、不思議に思われる方も多いでしょう。
実際、事件後の調査では、本人確認で明らかにおかしい点があったのに見逃していたことや、近隣住民への所有者確認をしなかったこと、詐欺であることを示す手紙が届いたのに、それを無視したことなど、積水ハウス側のいくつかの不手際も指摘されています。
しかし、地面師の巧妙な手口が、そのような不手際を引き起こしたともいえる面があります。経験豊富なプロの買い手が地面師に騙されてしまう理由には、以下のようなものがあります。
(1)騙しやすい土地が選ばれる
上記項目でも述べたとおり、買い手に「このチャンスは絶対逃せない!」と強く思わせる土地を選ぶことが第一のポイントです。
(2)書類などを高度な技術で偽装する
買い手は、該当の不動産の所有者が本当の所有者かどうか、不動産の権利証、本人確認書類などで入念に確認します。
しかし、地面師グループは精巧な偽装証明書を作成したり、それに基づいて「本物」の証明書を入手したりするため、法律のプロである司法書士でも、ニセの所有者を見分けることは困難だといわれています。
積水ハウス事件では、地面師は精巧に偽装した運転免許証などのニセの本人確認書類をい、役所に実印を紛失したといって、新しい印鑑で印鑑証明を再発行させています。その上で、それらの書類を使って公証役場で「本物の所有者である」ことの認証を受けて公正証書を得ていました。もともとは偽装の免許証に基づいて発行されたものですが、印鑑証明や公正証書自体は、役所が発行した「本物」であったため、見抜くことができませんでした。
(3)不動産取引の決裁時の「法務局の確認時間」を悪用する
不動産取引の決済は、買い主が決済代金を振込などで支払ったことを売り手が確認してから、売り手が買い手側の司法書士に権利証や印鑑証明書を預け、その書類によって司法書士が法務局に所有権の移転登記申請をします。
しかし、法務局が登記書類を確認して、それが偽物であることが発覚して申請が却下されるまでは数日の時間がかかります。その間に、お金を受け取った地面師はお金を隠して逃げてしまうことができます。
(4)魅力的な物件で「買い急ぎ」をあおる
積水ハウス事件の舞台になった土地は、以前から多くのデベロッパーが購入を希望しながら売ってもらうことができなかった“高嶺の花”でした。そのように需要が高い土地の売買では、力関係において売り手のほうが強くなり、買い手は売り手の機嫌を損ねないよう、細心の注意を払います。
そのため、買い手が入念な本人確認プロセスを省いたり、取引上で不自然なところがあっても、それを問えない雰囲気につながってしまったりすることがあります。
例えば、買い手が不動産の近隣住民に聞き込みをして、売り手が本当の所有者かどうかを確かめようとしても(通常、このような確認行為は必ず行われます)、売り手に「近所の人には売却を知られなくない。そういうことをするなら、ほかの会社に売る」といわれれば、買い手は聞き込みを避ける可能性が高いでしょう。
あるいは、買い手が時間をかけて入念に調査をしようとしても、売り手が「他社がすぐに買いたいといっている」といわれると、買い手は多少強引にでも取引を進めてしまうこともありえます。
地面師に騙されないために
ドラマになるほどの巨額詐欺事件は、多くの人にとって直接は関係ないものです。
しかし、地面師が狙うのは何十億円という高額の不動産だけではありません。場合によっては、数千万円の土地でも、地面師詐欺の舞台になるのです。不動産取引にかかわる人なら、すべての人が地面師に狙われる可能性があるといっても過言ではありません。
個人の不動産投資家が不動産取引において、地面師に騙されないためには、以下の点に注意しましょう。
(1)気持ちに余裕を持って交渉に臨む
「この不動産を絶対に買いたい」と思っていると、取引の内容や売り手の態度に不自然な点があっても、無意識にそれらを見逃してしまいます。
事業のために必ず土地を仕入れて商売しなければならない不動産デベロッパーと違い、個人投資家は、無理に不動産を買う必要はありません。万一、なにか引っかかる点や気になる点があるときには「買わない」という選択肢を持つようにしておきましょう。
(2)売り手の本人確認をしっかり行う
基本中の基本ですが、目の前の人物が本当にその不動産の所有者なのか、しっかり確認することです。可能であれば人任せにせず、自分で物件の近隣住民に聞き込みをするなどの方法を取るとよいでしょう。
(3)信頼できる司法書士に登記を依頼する
不動産の登記は司法書士に依頼しますが、書類の偽造を素人が見分けることは容易ではありません。そのため。経験豊富で信頼できる司法書士に相談することが大切です。
本格的な地面師は、司法書士や仲介業者もグルになって騙そうとしてきます。多少の費用がかかっても、必ず信頼できる司法書士を自分で探し、依頼するようにしましょう。また、司法書士では対応できない法律面の不安があれば、迷わず弁護士に相談しましょう。
オスカーキャピタル株式会社
代表取締役社長 金田 大介