コロナ後に一変した母の様子
コロナ禍となり、Aさんは2人の息子も含めて人と会うことが少ないときを過ごしました。
もともとは明るく活発だったAさんでしたが、コロナ禍が過ぎさり、ようやく息子たちと会えるようになったときのAさんの老化、衰えた姿は以前と大きく異なりました。綺麗に整えていた長髪の髪型は人と会うことが少なくなったことの影響もありボサボサに。同世代の友人を何人かを突然亡くして葬儀にも参列できず呆気ない別れを経験したAさんの姿はすっかり年老いてしまっていました。
自身もコロナに罹患、何度か受けた予防接種後の体調不良も重なり、生き生きとしていたAさんの姿はもはやそこにはありませんでした。一人暮らしもやがて限界が来るだろうと考えたBさんは、母親Aさんに連絡を取って施設での暮らしの検討を打診します。ところが、どうも様子がおかしいのです。
Bさんが「お母さんもそろそろ老人ホームでの暮らしを考えたほうがいいんじゃない?」と電話で話したところ、Aさんは「次男Cと一緒に暮らすことになると、この前約束したのよ」と答えます。そんな話は初耳だったBさんが弟Cさんに聞いたところ、Cさんはそんな話をしたことは一切ないと言います。
また、ある日突然AさんからBさんにかかってきた電話では「書斎に置いていた財布がなくなっている。Bがどこかに持って行ったのか? あんたは泥棒か!?」Bからするとまったく身に覚えのないことで怒りをぶちまけられます。
帰省の日程の確認でも、帰ると伝えていた日の1ヵ月も前に「今日は何時ごろに帰ってくるんだい?」と、どうも嚙み合わない会話やできごとが日に日に増していきます。
このかみ合わない会話がAさんの認知症の始まりであったことは後にわかることとなります。いよいよ一人で暮らさせるわけにもいかないと考えた、BさんとCさんは2人でAさんのもとへと向かいます。
お金で困っている様子はなかったAさんですから、BさんCさんも年金もあるし老人ホームでの暮らしも大丈夫だろうと考えていました。ところが、Aさんの貯金残高を確認したところ、200万円ほどの金額しかありません。BさんがAさんに問いただしたところ、Aさんが言うには「安心しなさい。貯金を銀行に置いておいたら税金がとんでもなくかかるから、大方引き出しておいた。書斎と寝室の◯◯に1,500万円ずつあわせて3,000万円置いてあるよ」とのこと。
そんな大金を家のなかに置いておくなんて……と戸惑いを隠せない、BさんとCさんですが、母の言う場所を探したところ、母が若いころから使っている古びたボストンバッグを発見。なかには、合わせて2,000万円ほどの現金がボストンバッグに詰め込まれていました。あまりの大金に唖然とする息子たち。
ところが、冷静になって数えてみると、母の言う3,000万円に残り1,000万円がどうにも合いません。母の通帳を確認すると、定期的にこまめに出金された記録があり、母の言うとおり3,000万円の現金を出金していることは間違いではなさそうです。
Bさんは母Aに2,000万円しかないことを恐る恐る伝えると「また、貴方たちが隠したんでしょ!? 早く出しなさい!」と怒り出す始末です。もはやBやCがなにを言っても、Aさんがお金のことで冷静さを取り戻すことはありませんでした。
どうもAさんは現金にしておけば相続税がかからないものだと思い込んで、あるときから預金を引き出して、タンス預金としていたようです。そもそも現預金にしたからといって、相続税から逃れられる理由にはなりません。それどころか、記憶力に衰えの出たAさんが多額の現金を家のなかで管理できるはずもありません。
見当たらない1,000万円の行方は、使われたのか、紛失したのか、はたまた盗まれたのか、もはや誰にもわからなくなってしまい疑心暗鬼の気持ちだけが家族のなかに残ってしまったのでした。