日々進歩しているがん治療。最近では「緩和ケア」を重要視する声が世界的に挙がっているそうです。いったいなぜなのか、勝俣範之医師の著書『あなたと家族を守る がんと診断されたら最初に読む本』(KADOKAWA)より、緩和ケアの目的と効果について詳しくみていきましょう。
肺がん患者の寿命が延びた例も…医学界に衝撃が走った〈緩和ケア〉の効果【医師が解説】
緩和ケアが対応する4つの痛みとは
O:となると、緩和ケアの目的は何になりますか?
勝俣:端的にいえば、がんになった患者さんのQOLを良くすることです。生活の質、つまり、人生の質を高めるのが緩和ケアの本質だとWHO(世界保健機関)も定義しています。
[図表3]をご覧いただきたいのですが、緩和ケアでは患者さんが感じる苦痛を心理的苦痛、身体的苦痛、スピリチュアルペイン、社会的苦痛の4つの要素でとらえています。こうした苦痛を和らげるとともに、患者さんが自分らしく過ごせるようにサポートするのが緩和ケアの役割です。
O:社会的痛みというのは、仕事の継続とか、思うようにお金を稼げない、などでしょうか?
勝俣:そうです。社会から取り残される痛みや、好きだった仕事ができなくなった痛みも含みます。社会的な孤独や、それによって生じる夫婦関係のひずみ、これらにも医療として対応しようということです。
65歳未満の障害年金や介護保険制度なども、そうした生活助成の一環で、申請には医師の診断書が必要です。がんによる経済的な問題は最近ではますます大きくなっているのです。
O:たしかに大きな問題です。ところで、スピリチュアルペインというのはどういうものですか。いわゆる信仰的なものですか?
勝俣:スピリチュアルというと、日本人はすぐに宗教や信仰、あるいは霊的なものと結びつけて考える傾向がありますが、もっと広い概念だと思います。
どちらかといえば、人生の意味や目的に関わるようなことといいますか。がんになった私は生きていていいのだろうかとか、死ぬのが怖い、というようなものですね。死に対する恐怖。それは人として、とても当たり前のことではないですか。
O:なるほど。しかし、心理的苦痛とはどう違うのでしょうか?
勝俣:心理的な痛みというのはどちらかというと精神科の範疇になります。うつ状態になったり、適応障害になったりしたときは、医師の診療の対象になります。スピリチュアルペインは「死ぬのが怖い」「どうやって生きていけばよいのだろう」といった痛みになります。
どのように対応するかというと、簡単ではないと思いますが、医療者が寄り添い、共感的に対応する、医療側と患者さんとでコミュニケーションをとるところから始まると、私は考えています。
O:そういうスピリチュアルな痛みも含め、トータルな苦痛を和らげることが、緩和ケアが最終的に目指すものなのですね。
勝俣:究極の目標は、患者さんのQOLを向上させることです。がんに限らないことですが、病気の治療は単に治すことだけが目的ではありません。それによって患者さんの人生をより良いものにしていくことが、治療の本来の目的です。
がんの治療はうまくいったが、それによってひどい後遺症に悩まされたり、心身がボロボロになってしまったりしたら、何のために治療をしたのかわからなくなってしまいます。そういった意味でも、緩和ケアによってQOLを高めるというのはとても大きな意味を持つと思います。
O:では、早期に緩和ケアを受けたいときは、どうすればいいですか?
勝俣:まずは医師や看護師、あるいはがん相談支援センターなどに相談していただければと思います。全国にあるがん診療連携拠点病院では緩和ケアに対応できる機能が整えられています。
それ以外の病院でも緩和ケアを提供しているところはありますし、在宅医療の一環として受けることもできます。緩和ケアの専門医もいますし、緩和ケア認定看護師という専門性を身につけた看護師もいます。私のような一般のがんの治療医も緩和ケアを行っていますよ。
勝俣 範之
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科
教授/部長/外来化学療法室室長