日々進歩しているがん治療。最近では「緩和ケア」を重要視する声が世界的に挙がっているそうです。いったいなぜなのか、勝俣範之医師の著書『あなたと家族を守る がんと診断されたら最初に読む本』(KADOKAWA)より、緩和ケアの目的と効果について詳しくみていきましょう。
肺がん患者の寿命が延びた例も…医学界に衝撃が走った〈緩和ケア〉の効果【医師が解説】
寿命が伸びた例も…緩和ケアの早期導入がもたらす効果
【登場人物】
■教える人……勝俣範之先生
あらゆる部位のがんを診られる腫瘍内科医として日々診療にあたっている。
■教わる人……編集者O
身近にがんに罹患する人が増えて、わからないことだらけで心配になっている。
編集者O(以下、O):最近、緩和ケアという言葉をよく聞くのですが、終末期ケアとどう違うのですか?
勝俣範之先生(以下、勝俣):標準治療は常に最善のがん医療を求めて進歩しており、最近では、「緩和ケア」や「緩和医療」が3大治療の「手術、放射線治療、薬物療法」に加えて、「第4の治療」として標準治療の1つに位置づけられるようになってきました。
O:しかし緩和ケアと聞くと、がんへの積極的な治療というよりも、痛みを和らげたりする対処というイメージがあります。ケアも治療の一環ということですか?
勝俣:そう、立派な治療ですよ。緩和ケアとは、がん患者さんの痛みや苦しみを和らげる治療のことをいいますが、2010年に世界的権威のある医学雑誌の1つ『TheNewEnglandJournalofMedicine(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン)』に、緩和ケアに関する論文が発表されて、医学界に衝撃が走りました。衝撃の理由は、緩和ケアによる延命効果が実証されたのです。
O:緩和ケアによって寿命が延びたということですか?
勝俣:その通りです。私も最初にその論文を見たときには腰を抜かしそうになりました。研究の第一筆者は腫瘍内科医のジェニファー・テメルさんという女性です。手術が難しい進行肺がん患者さんたちに対して、抗がん剤治療のみを行うグループと、抗がん剤に加えて月に1度の緩和ケアチームの外来受診を行うグループとにランダムに割りつけて、結果を比較しました。
すると、早期緩和ケアを受けていた患者さんは、生活の質が高く、うつ症状も少なく、しかも生存期間が2.7か月も延長しました。この2.7か月の延長は、ノーベル賞を受賞したオプジーボの肺がんに対する生存期間の延長が2.8か月ですから、最先端の抗がん剤に匹敵する治療効果をもたらす可能性を示したわけです。大変に画期的なことでした。
O:それはすごいですね。その研究でのポイントはどういうものだったのですか?
勝俣:進行がんと診断されたときから、緩和ケアの専門医やがんの専門看護師がチームを組んで関わったことです。最初は患者さんに体の痛みなどはなく、チームは生活の質を向上させる相談や、治療法選択の意思決定支援などに関わっていました。つまり、患者さん本人が元気なうちに自分の病状を理解して、治療法を選べるようになったことがとても大きいのですね。
緩和ケアには副作用はありませんし、メリットの少ない終末期の抗がん剤を減らして生活の質を上げることもできました。こうして緩和ケアが患者さんの生活の質を高めるという科学的根拠が明らかになり、緩和ケアは標準治療の1つと考えられるようになったのです。
O:緩和ケアの早期導入が大切だと。
勝俣:まさしくそうです。日本ではまだまだ誤解されている面がありますが、緩和ケアは治療の手立てがなくなった患者さんに対して行われるものではありません。[図表2]を見てください。これは緩和ケアと標準治療の関係を示したものですが、日本では緩和ケアに対する考え方が、図の上か、せいぜいその1つ下の段階にあります。
でも、世界的にはいちばん下の考え方が主流となっています。つまり標準治療と緩和ケアは、がんと診断された直後から同時進行で行われるべきなんです。
O:治療が行き詰まってから緩和ケアを勧められるから、誤解されるのですね?
勝俣:そうです。本来は、がんと診断されたときから緩和ケアを併行すべきなのです。がんの患者さんやご家族にとっては、がんと診断された直後が最も精神的な苦しみが強いのです。今後の治療や生活のことなど、心の負担も大きくなります。体の痛みだけでなく、そうしたことにも早くからケアをする必要があると、昨今は考えられています。