人間もある環境に置かれたら、あっという間に「野生」を回復する

―コロナ禍のキャンプ人気を見ていると、お父さんたちもブームに乗せられているだけで、内発的な動きとは違うなと思います。

養老 そういう人たちに、地震になったらどうするのって、教えてあげたらいいと思いますね。そうすると将来のために、まさにいいトレーニングになりますよ。

―アウトドアは防災のスキルが満載ですからね。自然の中でサバイバルを身に付けるためにも、小さいころから自然と触れた方がいいということですか。

養老 そうですよ、もともとそうやって人は育ってきたんですから。それを無理やり人工環境においている。僕はネズミを飼っていたから、よく分かっているんですけども、生まれた時から籠の中にいて、エサと水はいつもあるという状況にいるネズミはどうしようもない。だけど、あんまり悲観的でないのはね、そういうネズミを机の上におくとね、机のヘリをヒゲで触って歩いているわけです。ゆっくり歩いている、逃げもしないで

そのまま1週間も経つとね、完全に隠れちゃう、いなくなっちゃう。どこへ行ったんだろうと思って探したらね、古い大学ですからね、棚の一番下がね、ちょっとスが入っているんです(細かな穴が開いている)。そこに切れ目があって、そこから棚の中に入ってね、角っこで天井を向いていました。だから、人でもある環境に置かれたら、あっという間に野生を回復しますよ。

名越 あらゆる知恵が脳の中に残っているのでしょうね。

養老 それじゃなきゃ、何十億年も生存してこないですよ。

名越 未曽有の災害があっても生き延びてきたのは、その時になんか発現するんでしょうね。

養老 AIなんてバカみたいなもんでね、70〜80億もあるものを、またなんで作ろうというんだよ。脳みそを。あるのをもっと使えって。

名越 養老先生の別荘「昆虫館」に行った時に、森林の中の話をしてくださって、その時からずっと気になっているのが多様性ですね。1枚の葉っぱとて同じものはない。それって恐るべきことだなと思ってきて。

養老 複雑でしょ、そういうのを見ると。その複雑さというのがひとりでに(自分の中に)入っちゃうんですよ。そして、自分の中にある複雑さと対応しちゃう。だから気持ちがいいんですね。統制が気持ち悪いのは、きれいにしちゃうでしょ。なんでも直線になっているし、そんなルールを見せられても面白くもなんともない。

ところが、自然の中のルールというのはものすごく複雑なんですよ。その複雑さからルールが生まれているんで、そこが共鳴するんですね。世界は複雑だよって教えてくれる。共鳴すると気持ちがいい。だから、みんな自然の中で気持ちがいいんですよ。共鳴しているんですよ。

―山や森の中にテントを張って泊まる。最初は真っ暗の闇の中で葉っぱが揺れただけでも恐怖を感じたものですが、なんども体験しているうちに居心地が良くなってくる。そういう体験って必要だなと思いますね。

養老 そんなことを言わなくてはならなくなったことが変なんですよ。ブータンを旅行した時にですね、夜、真っ暗なところを地元の人は平気で歩いているんですよ。よく歩けるな、と思いましたね。石ごろごろですからね。でも彼らは見えるって言うんだから、自然と共に生きているってことはすごいものですよ。

養老 孟司
医学者、解剖学者

名越 康文
精神科医