2.新築マンション価格の決定構造の変遷
本章では、「新築マンション価格指数」の算出に際して、各年度のデータを用いて推計*1を行った結果を活用し、新築マンション価格の決定構造の変遷(2005年~2023年)、特にコロナ禍を経た価格評価の変化について確認する。
具体的には、(1)「最寄り駅までのアクセス時間」、(2)「住居の広さ」、(3)「中心部までのアクセス時間」に対する評価が、マンション価格に対してどのような影響を及ぼしているのかを確認する。
*1:推計式は、『「新築マンション価格指数」でみる東京23区の市場動向(1)』の「3. 「新築マンション価格指数」の作成」を参照されたい。
2-1.「最寄り駅までのアクセス時間」に対する評価~「駅近」志向がさらに高まる一方、「バス便」に対する評価見直しも
(1) 「最寄り駅までの徒歩所用時間」
「最寄り駅までの徒歩所用時間」の回帰係数の符号は、一貫してマイナスとなっている(図表-2)。これは、最寄り駅までの徒歩所用時間が長くなる(短くなる)につれて、新築マンション価格(坪単価)が下落(上昇)することを意味する。
各フェーズ(I~III)*2における回帰係数の推移をみると、「上昇フェーズI」と「下落フェーズII」では、上下動を繰り返しながら概ね同水準で推移していた。しかし、「上昇フェーズIII」に入り、マイナス幅が拡大し、コロナ禍以降もその傾向が継続している(2013年▲1.6%*3⇒2019年▲1.9%⇒2023年▲2.4%)。これは、「駅近」の価格評価がさらに高まったことを示唆している。
「駅近」の価格評価が高まった要因として、共働き世帯の増加が挙げられる。独立行政法人労働政策研究・研修機構によれば、共働き世帯は、2013年の1,069世帯から2023年の1,278万世帯へと約1.2倍に増加した。リクルート住まいカンパニー「首都圏新築マンション契約者動向調査」(以下、「リクルート調査」)によれば、首都圏におけるマンション購入世帯に占める共働き世帯の割合は59%に達している。共働き世帯は、(1)通勤時間の短縮、(2)生活利便性(仕事帰りの食事や買い物)、(3)保育園等の送迎などを勘案して、「駅近」物件を志向する傾向があるとされる。
また、シニア層による購入増加も要因の1つとして挙げられよう。リクルート調査によれば、新築マンション購入世帯に占める60代以上(世帯主年齢)の割合は4%(2013年)から8%(2023年)へと倍増している。読売広告社「シニアの新築マンション購入理由調査」によれば、シニア世代が新築マンション購入*4の際に重視した点について、「駅から近いこと」(59%)との回答が最多であった。通院や買い物などの生活利便性向上を目的として、シニア層も「駅近」物件を志向しているようだ*5。
*2:上昇フェーズI:「2005年~2008年:リーマンショック前までの価格上昇局面(不動産ファンドバブル期)」、
下落フェーズII:「2009年~2012年:リーマンショック後の価格下落局面(東日本大震災を含む)」、
上昇フェーズIII:「2013年~:アベノミクス以降の価格上昇局面」。
*3:当該物件から最寄り駅までの徒歩所用時間が1分増加した場合、新築マンション価格(坪単価)が▲1.6%下落する。
*4:自己所有の不動産を売却しないで購入(買い増し)
*5:日本経済新聞「引退シニア、駅近マンションへ 戸建ては先行き心配」2017/3/15
(2) 「最寄り駅までのバス所用時間」
「最寄り駅までのバス所用時間」の回帰係数の符号はマイナスで、係数の平均値(2005年から2023年)が▲4.1%と、「徒歩所用時間」(平均値▲1.8%)と比較して一貫して大きく、「徒歩所用時間」以上に、価格評価に影響を及ぼしている(図表-3)。
回帰係数の推移をみると、「上昇フェーズIII」に入り、マイナス幅が拡大していたが、コロナ禍以降、縮小の動きが見られる(2013年▲2.7%⇒2019年▲7.4%⇒2023年▲3.7%)。
内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」によれば、東京23区のテレワーク実施率(2023年3月時点)は52%と全国平均(30%)と比較して高い水準にある(図表-4)。東京ではテレワーク(在宅勤務)が定着し会社への出勤回数が減るなか、バス利用を前提とした物件まで選択肢を広げて購入を検討するケースが増えている模様だ*6。
アベノミクス以降、最寄り駅からの所用時間を重視する傾向にあったが、足元では、バス利用に対する評価を見直す動きもみられ、「最寄り駅までのアクセス」に対する価格評価について、引き続き注視が必要である。
*6:日本経済新聞電子版「「バス便・郊外」 売れるマンションのニューノーマル」2021/3/6
2-2.「住居の広さ」に対する評価~「広さ」のプライオリティ低下に揺り戻しの動き
「住居の専有面積」の回帰係数の符号は、分析期間中、一貫してプラスとなっている(図表-5)。これは、住居が広くなる(狭くなる)につれて、新築マンション価格(坪単価)が上昇(下落)することを意味する。
各フェーズ(I~III)における回帰係数の推移をみると、「上昇フェーズI」はプラス幅が拡大し、「下落フェーズII」はプラス幅が縮小傾向にある。これは、「価格上昇局面」では「広さ」の優先順位が高まる一方、「価格下落局面」では「広さ」の優先順位が低下する傾向にあることを示唆している。
しかし、「上昇フェーズIII」は、価格上昇局面であるにもかかわらず、2014年の+0.8%*7をピークにプラス幅が縮小傾向にあり、2021年は+0.3%まで低下した。アベノミクス以降、マンション価格が高騰するなか、広さの優先順位を下げて購入金額を抑える傾向にあることが要因として考えられる。
しかし、回帰係数の値は2021年を底に僅かながら上昇に転じている(2021年+0.3%⇒2023年+0.5%)。auじぶん銀行「ビジネスパーソンの住宅事情に関するアンケート」によれば、リモートワークを経験した後、住宅選びの際に意識する項目を尋ねたところ、「広さ・間取り」(52.0%)との回答が最多となった(図表-6)。コロナ禍を経て、在宅勤務が定着したことで、住居に「広さ」を求める動きもみられる。今後も「広さ」に対する価格評価が変化する可能性があり、引き続き注視が必要であろう。
*7:専有面積が1m2増加した場合、新築マンション価格(坪単価)が+0.8%上昇する。
2-3.「都市の中心部までのアクセス時間」に対する評価~アクセス時間の評価向上に揺り戻しの動き
「最寄り駅から都市の中心部*8までの所用時間」の回帰係数の符号は、分析期間中、一貫してマイナスとなっている(図表-7)。これは、東京の中心部までのアクセス時間が長くなる(短くなる)につれて、新築マンション価格(坪単価)が下落(上昇)することを意味する。
各フェーズ(I~III)における回帰係数の推移をみると、「上昇フェーズI」は、係数の値は2005年の▲0.3%*9から2007年の▲1.0%へとマイナス幅が拡大した。この時期は、「職住近接」志向の高まり*10とともに、価格上昇に伴い賃貸・転売目的の購入が増えていたこと*11等が要因として考えられる。
その後、係数の値は縮小傾向にあったが、コロナ禍を経てマイナス幅が急拡大した(2007年▲1.0%⇒2019年▲0.4%⇒2022年▲1.2%)。先行研究では、コロナ禍以降、通勤時の感染の機会を減らすため、職場近くへの居住を奨励・支援したり、自転車通勤や自動車通勤を認めたりする例もあり、都心居住の志向が強まる傾向もあったと指摘されている*12。
しかし、直近(2023年)の回帰係数の値は▲0.9%と、前年(▲1.2%)から縮小した。アルヒ「コロナ禍を経た街選びと家選びの実態調査」*13によれば、住宅購入を検討している有職者に「検討している物件から職場までの通勤時間」を尋ねたところ、「30分未満」との回答が3割であった一方、「1時間以上」との回答も3割強を占めた(図表-8)。前述の通り、東京ではテレワーク(在宅勤務)が急速に普及し、在宅勤務を取り入れたワークスタイルが定着しつつある。そうしたなか、通勤時間に対する考え方も多様化しつつあるようだ。「中心部へのアクセス」に対する評価についても、今後の変化を注視したい。
*8:本稿では、便宜上、「東京駅」とした。
*9:当該物件の最寄り駅から都市の中心部(東京駅)までの所用時間が1分増加した場合、新築マンション価格(坪単価)が▲0.3%下落する。
*10:朝日新聞 「都市の魅力、未来へつなぐ 進む再開発、戻る住民 新東京物語 be・TOKYO特集」2008/03/20
*11:日本経済新聞 「空洞マンションじわり――増える賃貸・転売目的の購入、居住者に不安感(生活)」2008/08/15
*12:米山秀隆(2021)「コロナ禍後の働き方と住まい、都市の変化とは」住宅生産振興財団「家とまちなみ」No.83
*13:アルヒ株式会社 TownU(https://townu.jp/news/info/20230621)