認知症と誤診される「記銘力障害」

記憶障害や物忘れといわれるものの2つ目が、「記銘力障害」です。老化や認知症で起こる記憶障害は、新しいことが入力できないという、この記銘力障害といわれるものです。記銘力とは、新しく体験したことを覚えて脳に書き込む能力です。

例えば、「聞いたばかりの人の名前が覚えられない」とか「30分前に食べたものが思い出せない」「今日の日付が覚えられない」などがこれに当たります。老化でなくても、不安なことがあるなど、気がそぞろなときにもこういったことが起こります。

実は、うつ病になると、気分の落ち込みもあり、自分の具合の悪さばかりが気になり、記銘力が低下しがちです。もともとの記銘力が落ちている高齢者がうつ病を発症した場合、かなり重めの記銘力障害になることが珍しくありません。

「10分前に聞いたことも覚えていない」というのであれば、認知症と間違われても仕方ないでしょう。内科の医者でも、想起障害と記銘力障害の区別はついている人がほとんどでしょうが、教科書的には、認知症の初期症状といえば記銘力障害なので、それがひどいせいで認知症と誤診されてしまうことは十分にあり得ることです。

さて、高齢者がうつ病になると、他にも認知症と似た症状が出ます。例えば、いろいろなことがおっくうになってきます。「全然、掃除をしなくなって、部屋が荒れ放題になってしまう」「下着も含めて着替えもしないようになり、毎日、同じ服を着ている」「風呂にも入らず、においがするのに気にしていない」。こんな症状が見られたら、多くの人は、「ついにボケてしまったのだろう」「認知症になってしまった」と思っても不思議はありません。

ある日、実家に久しぶりに帰省したとしましょう。前日に確認の電話を入れたのに、親が覚えていない。家も散らかり放題になっている。着替えもしていないようで、服がかなり汚れている。その上、風呂にも入っていないようで、嫌なにおいがする。

こんな状態の親を見たら、誰もが認知症になったと思い、慌てて老人ホームを探すなどということになりかねません。でもそれは、うつ病でも十分あり得ることなのです。

出所:『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』(KADOKAWA)より抜粋
【図表】記憶障害は2パターン 出所:『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』(KADOKAWA)より抜粋

認知症との見極めは経過をよく知ること

確かに、高齢者のうつ病と認知症は区別がつきにくいものです。しかしながら私なら、「前回、帰省したときにはしっかりしていた」と聞いた場合、まずはうつ病を疑います。なぜなら、認知症としては経過が急すぎるからです。

一般的に、高齢者の認知症の経過は、かなりゆっくりなことが多いものです。物忘れと関係する「火の消し忘れ」などは早期から起こるケースもありますが、日常生活に支障をきたすような状態になるまでは、5年くらいのタイムラグがあります。

多くの場合、着替えをしなくなったり、お風呂に入らなくなったりするまでには、物忘れが始まってから5年くらいはかかるでしょう。1年もしないうちに、着替えもしなくなり、お風呂にも入らなくなるということであれば、かなり進行の速い認知症ということになります。そういったケースは、若年性の認知症の場合にはあり得ますが、高齢者の認知症においては、かなり珍しいといえます。ということで、私は、認知症とうつ病の区別を経過で判断します。

和田 秀樹
精神科医
ヒデキ・ワダ・インスティテュート 代表