高齢者の約5%が抱えているという「老人性うつ病」は、加齢や認知症と混同されやすく、発見が遅れやすいとされています。和田秀樹氏の著書『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』(KADOKAWA)より、どういった理由から「老人性うつ病」の諸症状が見逃されてしまうのかについて見ていきましょう。
200万人近くの高齢者が患っている〈うつ病〉…「歳のせい」と放置することで起こる、“最も悲惨な事態”【医師・和田秀樹氏が警鐘】
うつ病による「能力や気力の低下」は気づかれにくい
とりたてて仕事や役割がない、日常生活にそれほど高い能力が必要とされる機会がないといったことも、うつ病が見落とされる原因になります。主婦の場合、多少雑になっても掃除や洗濯などの日常的な家事ができていれば、うつ病を疑われることはまずないでしょう。食卓に並ぶおかずの品目が減ったり、スーパーで買ってきた総菜が増えて自分で作る料理が減っても、うつ病というより、やはり「歳のせいだ」と思われがちです。あるいは、「単身だから」とか「老夫婦だから仕方がない」と、思われるかもしれません。
会社に勤めていれば、能力が落ちてきて、経理や営業など、それまでできていた仕事が明らかにできなくなったということであれば、周囲がうつ病を疑うこともあるでしょう。いまの時代、従業員が50人以上の会社では、毎年1回、ストレスチェックが義務付けられています。
「職場環境が悪くないか」「ストレスの徴候が出ていないか」のチェックが行われることで、うつ病になりかけている人や、なっているのに見過ごされている人が見つけやすくなり、医療へとつながることも増えています。しかし、高齢者が単身、あるいは夫婦で暮らしている限りは、うつ病になっても、せいぜい外出が減るくらいで、一般的な日常生活はできてしまうので、病気であることが発覚しないケースがあります。
高齢者は会社に勤めていた頃のように、肉体的にきつい作業があるわけでもないし、人間関係にも気を遣わなくていいだろうと思われているので、「ストレスなんかない」と思われがちです。そのせいで、元気がなくなっても、ストレス性のものとか、うつ病の始まりかもとは思われず「歳のせい」で片付けられることが多いのです。
高齢者へのイメージや独居が発見を遅らせる
最近の高齢者は、昔と違って栄養状態が良くなっています。しかも、若い頃からのライフスタイルも、日本が豊かな国といわれるようになってからの世代ですから、いまの80歳の人は昔の80歳の人より、心身ともに明らかに若いのです。それでも、そのくらいの年齢でヨボヨボと弱ってくると、やはり「80歳だから」と片付けられがちです。
例えば、それまで元気だった80歳の女性が、ヨボヨボしてきてしわが目立つようになり、化粧にもおしゃれにも興味を示さなくなります。すると周囲は、「80歳だから仕方ないね」とか、「これが“80歳の壁”というものか」(このネーミングには私にも責任があるが)と、納得する人が多いかもしれません。こういったケースの場合、実はうつ病を発症していることが結構多いものなのにです。このように、世間の高齢者へのイメージのために、つまり、それが古いイメージのままであることが、うつ病の発見を遅らせることもあります。
さらに、一人暮らしの人が多いことも、うつ病の発見を遅らせることになります。現在、高齢者世帯の約半数が独居で、その数は約672万人と推計されています。その約5%がうつ病だとすると、それだけでもかなりの数のうつ病患者が見過ごされている可能性があることになります。
一人で暮らしていると、表情が暗くなったり、着替えをしなくなったり、食欲が落ちたりしても、それらに気づいてくれる人がいません。久しぶりに訪ねてきた親族が、変わり果てた姿に驚いて医者に連れて行ったり、最悪の場合、自殺してからうつ病だったことに気づかれるという例も少なくないのです。
孤独死というのは、多くの場合、これまで元気だった独居の高齢者が心筋梗塞などで急死するケースが多く、世間が考えるほど悲惨なものではありません。むしろ、ピンピンコロリに近いことが多いものです。しかし、独居の高齢者がうつ病で苦しんだあげく、最後は自殺で亡くなるというのは、最も悲惨な孤独死といえるかもしれません。
いずれにせよ、このような形で見過ごされているうつ病が、とても多いのは確かです。前述のように、高齢者の約5%がうつ病だとすれば、200万人近くの高齢者がうつ病を患っているわけですが、おそらくその1割も、医者にかかっていないというのが事実なのです。
和田 秀樹
精神科医
ヒデキ・ワダ・インスティテュート 代表