身体や脳の衰えが急に進むことで起こる、恐ろしいリスク

要介護状態へのリスクが上がる

約3年におよぶコロナ禍で、外出や外食を控える自粛生活が続き、かなりの数の高齢者が、ほとんど外に出ないような生活を送ったようです。患者さんの家族に聞く限り、そのせいで歩けなくなったとか、ボケたようになってしまったという人は少なくありません。おそらく、今後、かなりの数の高齢者が要介護状態になるのではないかと、私は心配しています。

同じように、うつ病になると、多くの人は家に引きこもりほとんど外出しなくなります。会社に勤めている間は、身体がだるくつらい状態でも、出勤するために外に出る人も少なくないでしょう。しかし、高齢になって会社などに行く義務がなくなれば、外出しなくなることは珍しいことではありません。ところが若い人と違って高齢者の場合は、歩かない日が続くと歩けなくなるし、頭を使わない日が続くとボケたようになります。

つまり、高齢者がうつ病になると、身体や脳の衰えが急に進み、先々、要介護高齢者になるリスクが高まってしまうのです。もちろん、要介護状態になると、その後不自由な生活を余儀なくされますし、余命も縮まることが分かっています。このようにうつ病が長く続くと、その後の生命の質が大幅に落ちるという問題があります。

栄養不足になり免疫力の低下を招く

高齢者の場合、うつ病の症状で重要なことには「食欲低下」もあります。食欲がなくなると、もちろん食事量が減ります。これが栄養不足につながるのです。

高齢になるほど栄養不足の害は大きくなります。宮城県で行われた5万人規模の調査でも、やせ型の人のほうが、やや太めの人より6〜8年短命であることが分かっています。栄養不足は命を縮めるのです。そうでなくても高齢になると食が細くなるのに、うつ病になると、その食欲が余計に落ちてしまいます。かくして、栄養不足が起こり、命を縮めてしまうことになるのです。栄養が足りないと、体力も如実に落ちます。また、やせるとしわなどが増えて、容姿も一気に老け込んでしまいます。いろいろな意味で、うつ病は高齢者の元気を奪ってしまうのです。

栄養不足は免疫力も落とします。うつ病になると、肉類などを避けがちになります。しかし、肉類に含まれるコレステロールは免疫細胞の材料となるため、免疫力までも落ちてしまうのです。さらに、コレステロールは男性ホルモンや女性ホルモンの直接の材料なので、その不足のために意欲や肌の若々しさも奪われてしまいます。

低血糖が脳のダメージを引き起こす

糖分の不足も、若い頃より脳のダメージになります。

現在、糖尿病は、アルツハイマー病のリスクを高める怖い病気とされていますが、私が勤めていた浴風会病院で3年分の解剖結果を調べたところ、糖尿病のない人のほうがある人より、3倍もアルツハイマー病になりやすいことが分かりました。ところが、福岡県にある久山町の町をあげての研究では、糖尿病の人のほうがそうでない人より2.2倍もアルツハイマー病になりやすいことが分かっているといいます。

なぜこんなに違うのだろうと不思議に思っていたのですが、以前に併設した老人ホームで行った調査研究で、糖尿病の人もそうでない人も生存曲線(生存率がどのように減っていくかを表した曲線のこと)が変わらないことが分かっていたため、浴風会病院では糖尿病の人には積極的な治療をしていませんでした。ところが久山町では、原則的に全例治療を行っていたのです。その違いが2つの調査の差になっていると私は考えています。

浴風会に勤務する糖尿病の医師に言わせると、糖尿病のある人に血糖値を正常にするための治療を行うと、低血糖を起こす時間帯が出てきて、意識がもうろうとしてボケてしまったようになってしまったり、失禁を起こしたりする人がたくさん出てくるそうです。しかし、そういう人の薬やインスリンを減らすと、正常な状態に戻るというのです。ここで私は、高齢者に対する低血糖の危険性を知ることになりました。

小学生でも、朝ご飯を抜くと学力が下がるといわれてずいぶん経ちます。年齢にかかわらず、血糖値が低いことは、脳になんらかのダメージがあるのでしょう。いずれにせよ、高齢期のうつ病で食欲不振が起こり、低栄養、低血糖の状態に陥ることは、若いとき以上にダメージが大きいと考えています。