高齢者の多くが不安を抱く「認知症」。理由として、家族になるべく迷惑をかけたくない…と考える人も少なくありません。しかし、そこには認知症に対する誤解があると、高齢者専門の精神科医である和田秀樹氏は言います。和田氏の著書『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』(KADOKAWA)より、多くの人が知らない「認知症」の実態について見ていきましょう。
認知症にまつわる誤解
高齢者医療を行っていたり、多くの高齢者とお話をする機会が多い私の経験では、高齢者の不安や恐怖の中で最も大きいものに、認知症があります。ボケたくない、認知症にだけはなりたくないという人がやたらと多いのです。ただ、高齢者専門の精神科医としての長年の経験から言うと、「認知症になるか、うつ病になるか、どちらかを選べ」という究極の選択を迫られたら、間違いなく、私は認知症を選ぶでしょう。
実は認知症は、少なくとも本人にとっては、それほど不幸な病気ではありません。楽しいことも忘れますが、嫌なことを忘れられるし(特に、最近起こった嫌なこと)、いろいろなことが気にならなくなります。実際、認知症が進むほど、ニコニコする高齢者は多いのです。
一日中、ニコニコする可愛いおじいちゃん、可愛いおばあちゃんになるわけです。初期こそ、自分が認知症になってしまったことを悲しんだり、苦しんだりすることも珍しくありませんが、中期以降は自分が認知症だという意識がないものです。いわゆる病識(病気であるという自覚)がないということです。自分の知的機能の衰えに苦しまないのです。ということで、本人の主観的には、どちらかというと幸せになれる病気とさえいえるのです。
認知症でも活躍し続けたレーガン大統領
しかし、人に迷惑をかけるのではないかという考え方もあるでしょう。一つ言っておきたいのは、認知症は急に何もできなくなる病気ではないということです。
アメリカのロナルド・レーガン元大統領は、退任の5年後の1994年に、自分がアルツハイマー病であることとその病状を、国民に対する手紙という形で告白しました。発表の際には、すでにまともな会話ができないレベルだったそうで、その1年前に妻のナンシーが自宅にホワイトハウスの執務室を再現したのに対して、自分が大統領として執務をしていると思い込んでいたということです。
その後、10年も生きていたのですから、進行は遅いタイプの認知症だと考えられます。ということは、告白の5年前の大統領在任中も、物忘れ程度の認知症の初期症状は出現していたことでしょう。実際、次男のロンは2011年出版の回顧録の中で、1984年の前副大統領ウォルター・モンデールとの討論会において、父の異変に気がついたと指摘しています。つまり、大統領在任中の後半は認知症であった可能性もあるのです。
ここで申し上げたいのは、認知症といっても軽いうちであれば、大統領さえも務まるということです。