「まだまだ若い人には負けない」…そう思っていても、なかなか若い頃と同じように結果を出すことは簡単ではありません。そのような向上心はそのままに、目的をシフトさせていくことが重要であるといいます。思想家のユングは、老いをどのように考えたのでしょうか。小川仁志氏の著書『60歳からの哲学 いつまでも楽しく生きるための教養』(彩図社)より、老いをポジティブに捉えなおすヒントを解説します。
今の自分を肯定し、次世代を育てる
そう考えると、仕事をする意義そのものを変える必要がありそうです。たとえば、一度定年を迎えたり、第二第三の職場で働くような場合は、自分が出世することよりも、人を育てることに価値を置くというのはどうでしょうか。それも自分のやってきたことを形にする過程であるように思うのです。
自分が得た知識やスキルを次の世代に伝えていくというのは、ある意味で自分の成長の一部と捉えることができます。そう考えれば、価値の値踏みのし直しとはいえ、まったく別のことをやるわけではないのです。これはユングも釘を刺しているところです。
「ただ反対のものを良しとするのではなく、これまでのものも両方保て」ということです。ユングは何も、正反対のものを大事にしろとか、自分のやってきたことを否定しろとかいう二者択一を迫っているわけではないのです。むしろ自分のやってきたことを肯定し、その延長線上に別の形での遺産を築きあげるイメージです。次世代を育てるというのは、まさに遺産を残すことですから。
狭い意味での自分の業績だけにこだわると、晩節を汚すことにもなりかねません。ユングのいうように、以前の価値を保持しつつ、反対物を承認する。それが理想なのです。これは仕事だけでなく、生き方全般に当てはまるものだと思います。
もう無理ができない自分を受け入れる。でも、それは今までの自分のペースを変えたり、やり方を変えることであって、自分の本質まで変えることではないはずです。老いは卑屈になることでも、自分を否定することでもありません。あくまで「自分」に合わせることなのです。この場合の自分とは、もうそこにはいなくなってしまった幻の自分ではなく、今の自分です。
今の自分に一番合った、自分が一番心地よいと思える自分。そんな自分に合わせて生きる時初めて、人は老いを楽しむことができるのではないでしょうか。そして最高のパフォーマンスをすることができるのではないでしょうか。
小川仁志
山口大学国際総合科学部教授
哲学者