65歳から支給される「年金」。受給のタイミングについては早めたり、遅らせたりすることができ、それにより受給額にも違いが出てくるため、受給者それぞれの状況に応じた判断が必要となります。FP事務所「T&Rコンサルティング」の代表であり、CFP®保持者の新美昌也氏が事例を交えて解説します。
この先、不安しかない…〈退職金3,000万円〉〈貯金1,500万円〉の64歳・元エリートサラリーマンに忍び寄る「老後破綻」と「年金問題」【CFPの助言】
「繰下げ受給」で年金はどのくらい増額するのか
ここで、年金の受け取りのタイミングを遅らせる「繰下げ受給」について見ていきましょう。
老齢基礎年金と老齢厚生年金は、いずれも年金の受給の開始年齢は原則65歳ですが、65歳よりも早く、あるいは遅く受け取ることもできます。
遅く受け取る場合、66歳以後75歳までの間で繰り下げて年金を受け取ることができます。1年から10年の範囲で1ヵ月単位で繰下げができます。
繰り下げた期間によって年金額が増額され、その増額率は一生変わりません。なお、老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰り下げすることができます。
繰下げ増額率は、1ヵ月につき0.7%、最大の10年繰下げで84%です。たとえば、2年5ヵ月繰り下げると20.3%(=0.7%×29ヵ月)の増額になります。2年半弱の繰下げで元の年金額は2割増えるので投資をするより安全に資産を増やすことができます。
〈平均余命〉から見る「年金受給」のタイミングとは
田中さんは現在64歳ですが、繰下げを決断する年齢は65歳からです。65歳の人の「平均余命」から見て、何歳に繰下げ受給の請求をすると損をしないのか、計算してみましょう。
「令和4年簡易生命表」をみると、65歳男性の平均余命は19.44年、女性は24.30年です。つまり、65歳男性は平均84.44歳まで、女性は89.30歳まで生きるということです。
この平均余命をもとに田中さん夫婦が平均余命まで生きた場合の年金の受取り総額を計算してみましょう。ちなみに、夫が受け取る年金は老齢基礎年金が6万8,000円、老齢厚生年金が9万4,000円、妻が受け取る年金は老齢基礎年金が6万8,000円です。夫婦合計で月額23万円です。
・夫が85歳までに受け取る年金総額
【65歳から受給開始】
16万2,000円×12ヵ月×20年間=約3,890万円
【70歳から受給開始】
16万2,000円×1.42×12ヵ月×15年間=約4,141万円
【71歳から受給開始】
16万2,000円×1.504×12ヵ月×14年間=約4,093万円
【75歳から受給開始】
16万2,000円×1.84×12ヵ月×10年間=約3,580万円
妻の年金額も計算すると、夫同様、70歳時(目安)に繰下げると年金額が最も多くなることがわかります。つまり、田中家の年金戦略は、平均余命で考えると老齢厚生年金も老齢基礎年金も70歳まで繰り下げることが基本になります。
田中さんのケースでは、70歳に繰下げ受給の開始を行うと約12年(100÷8.4)後の82歳で65歳から年金を受け取り始めたときの総額に追いつき、その後は平均余命の85歳まで総額を上回ることになります。
ちなみに、この約12年を年金受け取り開始の年齢に足した年齢になったときに、繰下げせず65歳から年金を受け取った場合の総額に追いつきます。つまり、年金受給の損益分岐点を表します。たとえば、68歳に繰下げたのなら、損益分岐点は80歳(目安)になります。