65歳から支給される「年金」。受給のタイミングについては早めたり、遅らせたりすることができ、それにより受給額にも違いが出てくるため、受給者それぞれの状況に応じた判断が必要となります。FP事務所「T&Rコンサルティング」の代表であり、CFP®保持者の新美昌也氏が事例を交えて解説します。
この先、不安しかない…〈退職金3,000万円〉〈貯金1,500万円〉の64歳・元エリートサラリーマンに忍び寄る「老後破綻」と「年金問題」【CFPの助言】
夫婦に年齢差がある場合、「繰下げ受給」だと損をする!?
この年金戦略の注意点として、繰下げ待機期間(年金を受け取っていない期間)中は、加給年金額を受け取ることができない点です。
加給年金とは、厚生年金保険の被保険者期間が20年以上ある人が、65歳到達時点でその人に生計を維持されている配偶者または子がいるときに加算される手当のようなものです。
田中家は夫が65歳時に妻は62歳(専業主婦)です。夫が65歳から老齢厚生年金を受給する場合、加給年金39万7,500円(令和5年度)を3年間、合計で119万2,500円受け取ることができます。しかし、年金の繰下げをすると、この加給年金を失うことになります。
田中夫妻のように年齢差が3歳の場合、繰下げしたほうがお得か、繰下げせず加給年金を受け取ったほうがお得か検証してみました。
夫が老齢厚生年金を70歳に繰り下げる場合の受取額から繰り下げない場合の受取額を控除すると、繰り下げたことの増額分が求められます。計算すると増加分は年間47万3,760円※となります。
※月額9万4000円×12か月×(1.42−1)
3年間の加給年金119万2,500円を増加分47万3,760円で割ると、約2.5年後に加給年金の額に追いつくことがわかります。
この約2.5年と損益分岐点を表す約12年を合わせた約14.5年後の84.5歳程度まで夫が生きていれば、加給年金を受け取らず老齢年金を70歳まで繰り下げたほうがお得と言えそうです。平均余命を超えて長生きする可能性があるからです。
なお、夫婦の年齢差がおおむね5歳以上の場合、加給年金を受け取ったほうがお得になる可能性が高いといえます。このケースでは、老齢基礎年金のみ繰下げ、老齢厚生年金を65歳から受給して、加給年金を確保するという戦略がお得になります。
年金制度をいかに活用するかで「老後」の幸福度が変わる
繰下げ受給を検討する場合、受給の開始年齢を75歳にしたほうが、年金額が約2倍になるのでお得のように思えます。しかし、平均余命を考えた場合、受給の開始年齢70歳が夫婦で受け取る年金総額がもっとも多くなります。
年金に対する不安が解消し、田中さんも満足そうです。幸い、勤務先の再雇用制度が70歳まで契約可能だったので、完全リタイアの時期を70歳にずらし、年金の受給も70歳に繰り下げることに決めました。
田中さんのケースでは、収入面だけで考えると、65歳で引退しても老後生活はやっていけたはずでした。しかし、住宅ローンの一括返済や教育費といった、避けられない「大きな出費」により、老後破綻が現実味を帯びる事態となってしまいました。田中さんの場合は運良く、70歳まで働ける環境が確保できましたが、仕事が見つからない、病気等で働けないといった可能性もあります。
そのような場合、繰下げ待機期間中に65歳からもらえるはずだった年金を一括請求できることを知っておきましょう。ただし、時効により遡って請求できるのは5年間ですので、注意が必要です。
本来、将来設計と合わせたマネープランを早い段階から練っておきたいものですが、何が起こるかわからないのが人生。長く働き続けること、そして年金の制度をうまく活用することで乗り越えていきたいものです。
[参考資料]
日本年金機構 :年金の繰下げ受給
厚生労働省 :令和4年簡易生命表の概況
厚生労働省 :令和6年度の年金額改定について
日本年金機構 :加給年金額と振替加算
新美 昌也
T&Rコンサルティング代表
CFP