いわゆる“人と関わる仕事”では、よく「人と接するのが好きだから」という志望動機が挙げられます。しかし社交的な人は、果たして本当に“人と関わる仕事”に向いているのでしょうか? 山内太地氏・小林尚氏の共著『やりたいことがわからない高校生のための 最高の職業と進路が見つかるガイドブック』(KADOKAWA)より一部を抜粋し、見ていきましょう。本稿では、年間約150回の進路講演を実施する山内太地氏が回答します。
恐ろしい…「人と接するのが好きだから、接客業に就きたい」←ここにある“根本的な勘違い” (※写真はイメージです/PIXTA)

Q. 人と接するのが好きな人は、接客業に向いているの?

⇒A. 接客業を目指す人の「夢」と「現実」がこちら

 

「人と接するのが好きだから、それを仕事にしたい」という人が多くいます。志望するのは介護福祉職や保育士、看護師、CA(キャビンアテンダント)・グランドスタッフ、接客業(飲食・ホテル・ブライダルなど)といった感じですが、この人たちの多くは根本的な勘違いをしています。接客業の多くは感情労働*であり、精神がすり減ってボロボロになって仕事を辞めがちで、しかも低賃金で休みが少なく、結果的に若者の夢を食いつぶしている傾向が強いのです(そんな会社ばかりではないですが)。

 

(*感情労働:業務をする中で、自分の感情のコントロールが必要な職業のこと。)

 

この夢と現実のギャップはどうして起きるのか? まず、高校時代から考えましょう。あなたが人と接するのが好きなのは、あなたが、家族や先生、友達といった好きな人だけに囲まれてきたからです。嫌なことも多少あったでしょうが、今までのあなたは良好な人間関係を保ち、周囲から愛されていたのです。これは、専門学校や大学に進学しても、まだ覚めない夢です。同じ学校で看護師や保育士などの夢に向かって頑張る仲間たち、支えてくれる先生に囲まれているのです。実習先で多少は社会の嫌な面も見るでしょうが、まだ学生ですし心は家と学校にあります。

 

さて、社会人になりました。ここで多くの人が気づくのです。学校と違い、会社では「嫌な人との交渉」こそが仕事だと。「嫌な先輩・上司・社長」「嫌な客」「嫌な患者」「嫌な同僚」「嫌な保護者」…。自分を愛してくれる「いい人の世界」から、利害がぶつかる「社会人の世界」へ。そのとき、「人と接するのが好き」は反転します。

 

「他人」との人間関係は、わずかに楽しいこともあるでしょうが、苦痛も非常に多いのです。だから、看護・福祉・保育・接客系などは、離職率が高いのです。ところが夢をもった若者はどんどん来ます。「代わりならいくらでもいる」ということで、若いうちに数年で辞めてくれたほうが人件費がかからないので企業も助かります。これが現実です。

人と関わる仕事に就くなら「精神的サバイバルスキル」を身につける

では、どうしたらいいのでしょうか。まずは精神的にタフになるしかありません。次に、限られた精神力を使いすぎないことです。

 

昔、ある大学の学生相談室の前を通りかかったら、三重丸の図が貼ってありました(図表参照)。それぞれにA、B、Cと書いてあります。真ん中の丸Aは、「自分の大切な人・重要な人」。Bの丸は「自分が接しないといけない人」。最後のいちばん外側の丸Cは、「その他大勢」。我々の精神力のキャパシティーは限られているのに、精神的に疲弊してしまう人は、BやCの人にまでAの精神力を使ってしまう、といった趣旨が書いてあり、なるほどと思いました。

 

出所:山内大地・小林尚共著『やりたいことがわからない高校生のための 最高の職業と進路が見つかるガイドブック』(KADOKAWA)
【図表】精神的に疲弊してしまう人は、BやCの人にまでAの精神力を使ってしまう 出所:山内大地・小林尚共著『やりたいことがわからない高校生のための 最高の職業と進路が見つかるガイドブック』(KADOKAWA)

 

高校生の「人と接するのが好き」は、ほぼAの丸の相手だけです。Bのクラスメートや先生とですら、接するのが苦痛なこともあるでしょう。まして、接客業の多くはCの丸の大多数の人にまで精神力を使わないといけません。ここで実社会で生き延びるサバイバルスキルを身につけることが重要になるのです。

一方、「人と接するのが苦手な人」は?

「人と接するのが好き」な社交的な人とは逆に、「人見知りで人と話すのが苦手、営業や接客業に就きたくない」という人もいるでしょう。こうしたタイプの人は、「人と接するのが好き」な人と違い、今までに人間関係に苦しんできた経験があると思われます。安心してください。つらいのはあなただけではありません。

 

野生動物を思い浮かべてください。人間に出会うと、基本的に逃げますよね。あれが動物の本来の姿です。僕たちも、心を許したごく一部の集団を除けば、他人と接するのは精神力を使い、困難なものなのです。それを、明るく、陽気でなければいけない、常に朗らかでなければいけないと強制されるから、接客業などの人は精神的に疲れきってしまうのです。

 

あなたが他人を愛するほど、他人はあなたを愛してくれません。無理をしないでください。「適度に距離を置いてつき合う」のが大事です。人間関係で自分が疲弊するような無理な精神力の使い方をしないことです。

 

大学では、同じクラス全員で授業を受ける機会は大幅に少なくなるので、人間関係の苦痛はかなり減ります。それが居心地がよい人もいるでしょう。ところが社会人になると、また会社の人間関係はクラスのようになります。そこが問題です。ただ、学校のクラスに比べれば、会社や組織の人間関係は業務に限定されたものが多いので、濃い人間関係に苦しまないために自分なりにできる工夫はありますし、嫌なら転職すればいいのです。最低限の精神力でできる仕事を選ぶという手もあります。仕事で圧倒的な結果を出せば、少々人間関係に疎くても、他人に尊重されることもあります。大人になれば自分の人生を自分で選べる範囲が広がります。あなたにとっての居心地のよさが大事なのです。大学選びも就職もです。

人と接しない仕事でも、人と接するための「最低限のスキル」が必要

人と接しない仕事を選んでも、最低限の人間関係からは逃れられません。社会生活を営む以上、「相手に不快に思われない程度の身だしなみ」という最低限のサバイバルスキルだけは身につけておきましょう。見た目を清潔にする、服装や髪型に気を配る。自分が相手からどう見られているか、どんな印象を与えているかを少し意識する。適度に友達や同僚、上司と会話をし、それとなく自分の見た目や仕事の改善点があればアドバイスをもらい、自分で努力して直すぐらいのことはしておいたほうがいいでしょう。

 

いくら人を拒む野生動物でも、仲間の世界でまったく孤独では生き残れません。最低限でいいので、常に自分が改善、努力をして、自分自身や周囲を心地よくしていくことを心がけてください。自分がうまくいかないのを他人や社会のせいにすると、いつしか自分の精神がねじ曲がってしまい、変な形で世の中や他人を恨むことになりかねません。それは、いずれ自分自身をも不幸にします。

 

自分にとって、完璧に居心地のよい世の中など存在しないのです。接客が好きだという人は、自分が疲弊しないように、人づき合いが苦手な人は、できる範囲での改善から始める。どちらも、「無理をしない」「でも、できることからやる」のが大切です。

 

 

山内 太地

教育ジャーナリスト、学校経営コンサルタント、教育系YouTuber

 

1978年岐阜県生まれ。東洋大学社会学部卒業。理想の大学教育を求め、日本全国約800大学をすべて訪問。海外は14ヵ国3地域約100大学を取材した「大学マニア」。大学・高校の経営コンサルティング業も行い、全国の高校で年間約150回の進路講演を実施。YouTubeチャンネルの総再生数は2,100万回を超える。

著書は『偏差値45からの大学の選び方』(ちくまプリマー新書)、『やりたいことがわからない高校生のための 最高の職業と進路が見つかるガイドブック』(KADOKAWA)など多数。