日本の公的年金制度。細かな決まりごとが多く、知っていると知らないでは、大きな差となることも珍しくはありません。今回は「年金の繰下げ受給」のデメリットについてみていきます。
年金繰下げで「月33万円」を受け取った<75歳夫婦>歓喜も一転、負担増で老後崩壊…「なにかの間違いでは?」

年金の受取額が増える「年金の繰下げ受給」はメリットだけじゃない

年金を手にする年齢になっても働く高齢者。「年金をもらわなくても生活できる」という人たちに利用されているのが「年金の繰下げ受給」です。

 

これは原則、65歳から受け取ることのできる年金を、66歳以後75歳までの間で繰り下げて増額した年金を受け取ることができるという制度。1ヵ月繰下げるごとに0.7%ずつ年金は増額となり、最大84%アップ。増額された年金は一生変わることはありません。また老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰り下げることができます。

 

たとえば平均的な元会社員夫婦の場合、65歳時点で「16万7,388円」だった夫の年金額は、75歳まで繰り下げることで「30万7,993円」に、「10万9,165円」だった妻の年金額は、75歳まで繰り下げることで「20万0,863円」に増額されるということ。夫婦合わせて月50万円。およそ年金は2倍近くにもなり、老後の安泰は確実、というわけです。

 

――2倍になるなら、年金をもらうのは先延ばしにしよう!

 

年金増額の効果を知り、実際に繰下げ受給を選択している人も多いでしょう。しかし気をつけたいのが、収入が増えれば税金や社会保険料が増えるということ。「あれ、思ったほど手取りが増えないなあ」という事態に直面することになるので、繰り下げるにしろしないにしろ、年金は額面ではなく手取りで考えるのが鉄則です。

 

もうひとつ考えておきたいのが「医療費負担」。仮に夫の年金が65歳時点で「18万円」だったとしましょう。75歳まで繰り下げると「月33万1,200円」、年間「397万4,400円」になります。この場合、夫は「現役並みの所得者」となり、医療費負担は3割になります。

 

この「現役並みの所得者」というのは、課税所得が145万円を超えた場合。課税所得は公的年金控除などの各種控除を引いた後の金額で、収入に直すと383万円未満、月換算31万9,100円未満となります。75歳以上の医療費負担は「年金とその他の合計所得金額」が「年200万円未満」で1割負担、「年収200万~383万円未満」で2割負担、「年収383円以上」だと3割負担となります。繰下げ受給制度を利用することで年金収入が増え、基準を超えてしまうと、医療費の負担額も増えるというわけです。

 

また医療費の自己負担割合は、該当する年度の住民税の課税所得によって決まりますが、一度繰下げ受給で増額率が決まれば大きく課税所得は変わることなく、医療費の自己負担額はそうそう変わらないでしょう。さらに妻の課税所得は“ゼロ”だとしても、夫の課税所得が145万円を超えていれば、夫、妻とも自己負担割合は3割になります。

 

健康で医者いらず、という人であれば問題ありませんが、年を重ねれば誰もが医療費はかさむもの。医療費負担の拡大は、老後において死活問題です。年金額は増えたものの、医療費負担が重くなり、思い描いていたバラ色の老後が崩壊……ということもありうるのです。

 

――年金が増えて喜んでいたら、医療費が3割負担って……何かの間違いでは?

 

年金制度に限らず、上手い話には裏があるもの。「年金受取額が増える」という一面だけに捉われることなく、税金等の負担額や医療費負担なども加味した綿密なシミュレーションのもと、自身にとって最適なタイミングを検討することが重要です。

 

[参考資料]

厚生労働省『2022年 国民生活基礎調査』

厚生労働省『令和4年度厚生年金保険・国民年金事業の概況』

総務省『家計調査 家計収支編』(2023年平均)

総務省『労働力調査(基本集計)2023年(令和5年)平均結果』