現代人が歩むべき「自己実現」の道とは

「②自己、他者および自然の受容」も自己実現の基本的な要素だが、その中の「自己の受容」を考えてみると、自己実現を勘違いして、活躍したいのに活躍できない、輝きたいのに輝けない、どうしたら活躍できるのだろう、どうしたら輝けるのだろうといった葛藤を抱えてきた人は、ありのままの自己を受容できず、自己にとらわれすぎている。

それは、「問題中心性」という観点からしても、自己にとらわれ本来の課題に集中できないことになる。これでは自己実現から遠ざかってしまう。そのような人も、職業生活を終えることで、ようやく地に足の着いた生活ができるようになる。

利潤追求のため、あるいは権力獲得のために戦略思考に走り、ときにライバルを蹴落とすような策略をめぐらしたり、消費者に必要のないものを買わせようと策を練ったりしてきたという人も、本人は仕事で自己実現を目指してきたつもりかもしれないが、じつは自己実現から遠ざかる生き方にはまっていたのである。

そのような生き方は、「⑨共同社会感情」や「⑪民主的性格構造」、そして「⑫手段と目的の区別」といった自己実現の基本的な姿勢に反するものであり、自己実現から遠ざかる姿勢と言わざるを得ない。

職業生活を終えることで、もうそのような見苦しい姿勢を取る必要はなくなったのである。

今はグローバル化の時代だし、グローバルに勝ち残るにはきれい事を言っていられない、どんな手段を使ってでも勝たなければならないといって事業拡張のために策をめぐらしてきた人もいるだろう。

そんな人は倫理観を失っているという意味で「⑫手段と目的の区別」ができていないばかりでなく、「⑮文化に組み込まれることに対する抵抗」という自己実現の基本的な姿勢をもたず、いかに金儲けがうまくいっても自己実現とは無縁の生き方をしてきたことになる。そのような人も、職業生活を終えることで、ようやく自己実現への道に踏み出すことができる。

「⑩少数の友人や愛する人との親密な関係」も自己実現の基本的な要素だが、仕事にうつつを抜かして、親密な関係をもつことができないままに定年退職まできてしまったという人もいる。

仕事絡みの人脈づくりに励むばかりで、仕事を離れた親密なつながりがないようでは、いくら仕事で成果を出したとしても、非常に淋しい人生になり、自己実現とはほど遠い。

こうしてみると、自己実現という言葉がいかに曲解されて世の中に広まっているかがわかるだろう。

私生活の中で、趣味に浸ったり、親しい友だちと楽しく過ごしたり、恋人や配偶者と気持ちを共有したりして、充実した心豊かな日々を過ごす。もちろん、そこに仕事が加わってもよいし、ボランティアによる社会貢献活動が加わってもよい。そのような過ごし方こそが、ごくふつうに可能な自己実現への道と言えるのではないだろうか。

その意味において、定年退職後は、まさに自己実現への道に踏み出すのに絶好の時期と言ってよいだろう。

榎本 博明

MP人間科学研究所

代表/心理学博士