自己実現の15の要素

私は若い頃に、マズローの自己実現理論に基づいて、自己実現傾向を測定する心理尺度を開発し、各種学会で発表したりしてきた。だが、そのような立場からすると、このところ世間で言われている自己実現という言葉は、本来の意味とはまったく違ったニュアンスで用いられているように思われてならない。

自己実現している人の例として、メディアで取り上げられる著名人をイメージする人が多いようである。しかし、仕事で活躍している実業家や政治家、芸能人などをみていて、自己実現とは無縁の、むしろ利己的な欲望を剝き出しにした見苦しさを感じることがある。

あるいは、良心的に仕事をしていても、切羽詰まった感じで気持ちに余裕がなかったり、周囲に振り回されたりして、とても自己実現とは無縁の生活をしているとしか思えなかったりする。

自分なりに納得できる生き方を模索するうえで、自己実現とはどのようなことを指すのかについて、改めて考えてみる必要があるだろう。

マズローは、自分の可能性を十分に実現している人間を自己実現的人間と呼び、精神的に健康な人間の極に置いているが、そのような自己実現的人間がもつ特徴として、つぎのようなものをあげている(マズロー著 小口忠彦訳『人間性の心理学』産業能率大学出版部)。

①現実の正確な認知

②自己、他者および自然の受容(ありのままを受け入れることができる)

③自発性

④問題中心性(自己にとらわれずに課題に集中できる)

⑤超越性(周囲に巻き込まれずにプライバシーを保てる)

⑥自律性

⑦鑑賞力の新鮮さ

⑧神秘的体験

⑨共同社会感情(人類との一体感)

⑩少数の友人や愛する人との親密な関係

⑪民主的性格構造

⑫手段と目的の区別(倫理的感覚)

⑬悪意のないユーモアのセンス

⑭創造性

⑮文化に組み込まれることに対する抵抗

退職後こそ、自己実現への道に踏み出す条件が手に入る時期

前項で自己実現に向かううえでの基本的な要素を示したが、たとえば「⑦鑑賞力の新鮮さ」というのは、何気ない日常の中でちょっとしたことにも感動する心をもつことを指している。

桜の花の美しさに感動する。道端の雑草を見て、生命の逞しさを実感する。餌をついばむ雀を愛おしさを込めて眺める。そんな心をいつの間にか失ってはいないだろうか。それでは自己実現への道を歩めない。