温泉に入るとき、どれだけ「入浴マナー」を意識しているでしょうか。入浴における作法は「科学的にも精神的にも理に適っている」と、温泉学者であり、医学博士でもある松田忠徳氏は言います。松田氏の著書『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』より、特に“源泉かけ流し”の温泉で重要な「入浴マナー」を詳しく見ていきましょう。
科学的かつ精神的に「理に適った」日本の入浴法とは?
入浴の前後には水分を摂りましょう。暑い夏場を除いて、とくに中高年の方は常温のミネラルウォーターかぬるま湯がベストです。
熱い湯にいきなり入ると血圧が急上昇し、危険です。これを防ぐために十分な「かけ湯」をしてから浴槽に入ります。かけ湯は心臓から離れた下半身、上半身、肩の順に入念に浴槽の湯をかけるのが基本。これは体をこれから浸かる湯に反応させるためです。準備体操のようなものです。とくに下半身の汚れを落としてから入ることは大切な入浴マナーです。
私は気持ちを落ち着かせながら、10回以上は桶で湯を汲みかけ湯します。湯の香りや肌への感触も楽しみながら――。周りに人がおらず、鮮度の高い源泉かけ流しの風呂で、かつ湯量も豊富な場合は、片膝を床について手拭いを被せた頭にもしっかり「かぶり湯」をします。のぼせ防止になりますし、強い還元系の湯なら頭がす~っとして、じつに爽快な気分になります。
レベルの高い山の湯ですと、あえてシャンプーで洗髪しなくても、温泉の還元作用で汚れは取れ、また殺菌作用もあるため、20~30回かぶり湯をすると十分です。
日本人がお金と時間をかけて温泉へ出かけ、赤の他人と裸でお湯に入るのは、昔から「輪になって和を極めること」に喜びを感じる精神性があったからこそでしょう。それが令和の現代に至ってもなお引き継がれているということは、取りも直さずこのような入浴法が日本人の精神や肉体の健康と密接にかかわってきたからに他なりません。
そうであれば、パブリック(公)の風呂場での作法は最優先されるべきです。私は大学で学生たちによくこう語ったものです。
「温泉で自分が気持ちよくなりたければ、まず他人に気配りをしなさい。たとえば、入浴マナーを守ることによって、他人を気持ちよく入浴させてあげると、それがそのまま自分に返ってくる。これが日本人の和の心なんだよ」
最近は若い人たちは風呂に入る前にシャワーで汚れを落とします。ただし湯に浸かることなく、シャワーだけで一気に頭、体を洗っては汚れはきちんとは落ちません。入浴前のシャワーはかけ湯の代わりと考えたいものです。下半身をシャワーで流してからかけ湯でもOKです。浴槽の縁に桶が置かれている宿は「気遣いのある経営者」と評価しても良いでしょう。
気をつけて観察するようになって40年余、男性風呂ではとくに中高年のマナー違反は相変わらずです。かけ湯もシャワーもしないで、いきなり浴槽にドボ~ンと入る人が5人のうち2~3人。そのようなマナー違反の入浴者が入ってくると、無意識のうちに私の体は遠ざかっています。
湯尻付近から浴槽に入り、徐々に湯口へ
“源泉かけ流し”の浴槽の場合、新鮮な湯が常時出てくる「湯口」に対して、湯口から一番離れた、湯が浴槽の外にかけ流される辺りを「湯尻」と呼びます。しっかりとかけ湯をした後、湯尻付近から入るのが日本の正しい入浴作法です。また、すぐに湯口付近に移動することも作法に反します。
湯口付近にはもっとも新鮮な湯が注がれるので、早くそこに浸かりたい気持ちは理解できます。ただすでに湯に浸かっている人に比べ、皆さんの体は汚れていると考えるのが道理というもの。しかも湯口から一番熱い湯が出ています。したがって、湯温が比較的ぬるく、湯の汚れが多少ある湯尻から体を馴らしながら、順次上手、すなわち湯口付近へ移動して行くのが正しい作法といえます。科学的、かつ精神的にも理に適った日本の入浴法だと思いませんか?
同じ湯を数日間も濾過・循環して使い回している「非・源泉かけ流し」の風呂では、このかぎりではありません。湯口付近は消毒のための塩素臭が強いので、私はむしろ湯口付近からもっとも離れた位置で浸かります。
松田 忠徳
温泉学者、医学博士