江戸・大正期に創業した風格漂う“老舗温泉旅館”

■塔之沢温泉「福住楼」(神奈川県箱根町)

多棟式木造三階建ての全館が国の登録有形文化財の「福住楼」は、早川渓谷の涼しげな瀬音が心地良い、福沢諭吉ゆかりの名宿です。

大正時代に造られた名物「大丸風呂」。檜と杉の湯殿(浴場)に赤松の大木から造ったという湯船がひとつ。小粋にも銅板で縁取られた丸い湯船から、澄明な湯が音もなくかけ流されています。

しかも丸い風呂の湯に早川渓谷の四季折々の色彩が映える、何とも贅沢な、入るのがもったいなく、つい見とれてしまいそうな風情のある湯殿には心底脱帽です。箱根温泉郷でも一番好きな風呂です。

出所:『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より抜粋
[写真]塔之沢温泉「福住楼」の風情ある大丸風呂(著者撮影) 出所:『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より抜粋

■伊豆下田河内温泉「金谷旅館」(静岡県下田市)

昭和4(1929)年に建てられた木造2階建ての本館が落ち着いた雰囲気を醸し出す「金谷旅館」の創業は、慶応3(1867)年。

大正4(1915)年の完成という「千人風呂」は、じつに惚れ惚れとする日本最大級の総檜風呂です。幅約5メートル、長さ約15メートル、深いところで1メートルはあります。

女性大浴場「万葉の湯」、打たせ湯と泡風呂を備えた男女別露天風呂など、すべての浴槽から自家源泉かけ流しの湯がふんだんにあふれ、気持ちのよいこと! 明治末に造られたという味のある「一銭湯」(現在は貸切風呂)は、私の大のお気に入りです。

■湯の峰温泉「旅館あづまや」(和歌山県田辺市)

平安時代から熊野詣での際に心身を清める「湯垢離(ゆごり)」の場として知られた紀伊山地の古湯、湯の峰温泉。木造四階建ての「旅館あづまや」の湯船は、江戸後期創業の老舗旅館にふさわしい風格が漂います。湯殿(風呂場)は総槇造り、洗い場の床板は檜材で、憎いことに滑り止めの刻みが入れられています。


松田 忠徳
温泉学者、医学博士