賃金、待遇、人間関係…スタッフの不満が限界を超えれば「退職」へ
人の健康や命を預かるクリニックの業務は、ただでさえ神経を使う場面が多いものですが、コロナ禍以降、スタッフにはさらなる業務負担や、それに伴う配慮が求められ、就労環境は一層大変なものとなっています。
待遇・賃金・時間外労働に関しては、ある程度は各クリニックでの裁量で決まっていますが、これらの規則があいまいになった結果、スタッフが過酷な就労を余儀なくされたり、正当な報酬が得られなかったりするケースも少なくないのです。
「残業代が支払われない」「休憩時間が削られているのに補償がない」「有給休暇がとれずに消滅している」といった不満がスタッフに蓄積すれば、最終的には「退職」という選択がなされることになります。
賃金の支払いに〈あいまいさ〉は厳禁、「タイムカード通り」に支払う
就業規則で定められた時間での勤務は当然ですが、労働基準法において、残業代は1分単位で支払うことが規定されています。実際には賃金支給の計算上、10分・15分・30分等の5分刻みでカウントされている医療機関もあります。
クリニックの場合、診療時間が長引き、その後の受診患者の管理や会計処理、近隣薬局への電話通知などで残業が生じることもしょっちゅうです。こうした残業におけるトラブル回避のためには「変形労働時間制」の導入が推奨されます。
変形労働時間制とは、定めた期間内の労働時間の平均が週40時間以内であれば、法定労働時間を超えてもよいとされる制度であり、常勤職員の場合、この内容をクリニックの就業規則に記載しておくことがトラブル回避につながります。その反面、残業代が出ないことでスタッフのモチベーションは下がることもあります。
働き方改革を推進している現在、管理者(医師等)が、スタッフが残業しなくてすむ予約体制・診療の方法に気を遣うことも重要です。
就労時間外の研修・訓練…「休み返上」の強要は時代錯誤
製薬会社を招いての新規薬剤説明会、年2回必須となる感染対策・医療安全講習、あるいは院内のミーティング…。他業務がある場合を除き、暗黙の了解で強制参加になっているクリニックも少なくありません。
休憩時間を削った学習会なども「業務時間外の労働」という判断になりますから、残業代(時間外勤務)としてのカウントが必要です。同時に、管理者は時間外労働にならないように診療時間の一部を利用するなど、研修・説明会実施のためのタイムマネジメントが必要です。「休み時間を返上して学ぶのが当然」といった時代錯誤な強要は避けなければなりません。
クリニック独自の「昇給、減給ルール」、労働基準法違反かも!?
多くのクリニックではモチベーションの向上のため、常勤・非常勤職員を問わず、1年間の勤務態度や経営状況に応じた昇給を実施しています。しかし昇給は、経営状況によらず、定期昇給に関して一定の割合(数%程度が妥当)を基本的には維持することが重要です。
逆に、独自のルールを用いて減給処分をおこなっている事例もあります。「欠勤が○日以上あると、翌月からの給与を○%減額」「15分以上の遅刻○回につき1日欠勤扱い」といった、クリニックの独自ルールを策定して強要しているのです。しかし、遅刻が繰り返された場合に欠勤扱いとみなして過度に減給を実行するのは労働基準法違反です。ルールを定める場合は、法的に問題ないものかどうか、慎重な検討が求められます。
解雇する場合は「客観的な理由」を明示して
看護師や医療事務といったスタッフ間での人間関係のトラブルにも要注意です。とくに公平さを欠く処遇・待遇は、しばしばトラブルの原因となります。
また、スタッフの勤務態度や能力が一定の基準に達しておらず、クリニックへの損害が懸念されるケースや、突発的な欠勤が多いといったケースは、注意・勧告を経たうえで、解雇を検討する必要があります。
常勤・非常勤スタッフともに試用期間がある場合でも、解雇するには就業規則に基づいた客観的合理性・社会的な妥当性が必要です。どのようなスタッフでも一度雇用した場合には、労働基準法上、安易な解雇は行えません。
もし解雇を実施する場合は、能力上の問題や欠勤の問題などを感情的な内容ではなく、クリニックにどれだけの業務上でのミスで損害になっているか具体的な額・運営上での支障を文書などで示すなどして、双方納得のうえ、穏やかな着地を目指すことが重要です。もし客観的な論拠が示せない場合は、訴訟を通じて解雇が無効となることもあります。
どのスタッフも「年次有給休暇」の消化が可能な勤務体制を
常勤・非常勤に問わず、年次有給休暇の付与とその消化は基本です。最低でも年に5日間の有給休暇の消化が義務付けられています。
また、小規模なクリニックほど、スタッフの補充が困難になりがちですが、クリニックのスタッフは女性が多い傾向にあり、特に子育て世代のスタッフ等はお子さんの体調不良等により、突発的な欠勤が発生することも考えられます。このような可能性も考慮したうえで雇用するスタッフ数を検討する必要があります。
また、働き方改革の一環としても、職員のモチベーション維持の観点からも、長い期間の有給休暇を取得できるゆとりが必要です。
どうしても1年間で有給休暇を消化できない場合は、退職時などに金銭による買い取りを行う場合もありますが、働き方改革を推進している現在では推奨されませんので、注意が必要だといえます。
武井 智昭
株式会社TTコンサルティング 医師