(※画像はイメージです/PIXTA)

胃がん、肺がん、大腸がん…がんを発症する部位はさまざまですが、女性にとって罹患数トップの部位は「乳房」です。乳房のがん、すなわち「乳がん」から命や健康を守るためには、どうすればよいのでしょうか。本稿では「症状」を取り上げて見ていきましょう。日頃多くの乳がん患者さんを診る尾崎章彦医師が解説します。

もしかして乳がん?と思ったらできるだけ早い受診を

(※写真=PIXTA)
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公益財団法人ときわ会常磐病院乳腺外科の尾崎章彦と申します。前回は、乳がん検診の意義や受けた方がいい検査、乳がんが心配される症状に気づいたときの対応について、筆者の経験や、震災後に福島で行った調査結果なども交えつつご説明しました。

 

定期的な乳がん検診をお勧めするのは言うまでもありません。一方で、定期検診受診の有無に関わらず、乳がんを思わせるしこりや乳頭分泌といった症状に気づいた場合は、できるだけ早く受診し、乳がんかどうか確認することが望ましいと言えます。

乳がんが疑われる症状とは?

(※写真=PIXTA)
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ここでまず、“乳がんを疑いがちな症状”の代表例を3つ見ておきます。

 

①乳房のしこり

最も重要な症状は「乳房の腫瘤(しゅりゅう)」、いわゆる「しこり」です。

 

乳がんを疑う腫瘤は、一般に、硬く、触っても位置が動きにくく、表面がなだらかでない傾向にあります。ただ、そのような特徴のないしこりでも、乳がんの可能性は否定できません。ですから、しこりを感じた場合には、早めに医療機関を受診し、乳がんを専門的に診療している医師の診察を受けることが重要です。

 

マンモグラフィーや超音波検査、MRI検査などの画像・映像から乳がんが強く疑われる場合は、しこりに針を刺して実際に組織を一部採取し、調べます。乳がんの診断がつけば治療に移り、「線維腺腫」などの良性のしこりと判断されたら、経過観察となります。

 

およそ90%程度の乳房腫瘤は良性の病変であると報告されていますので、乳房にしこりを見つけても悲観することなく、早めに医療機関を受診してください。

 

②なかなか治らない乳頭や乳輪の湿疹

続いて、ちょっと注意を要するのが「乳頭や乳輪にできた治りにくい湿疹」です。「パジェット病」と呼ばれる珍しいタイプの乳がんの可能性があります。

 

特徴は、がん細胞が乳頭や乳輪の表面内を這うように広がることです。ただ、発生頻度が極めて低いので、乳がんとしての認知度も低いのが現状です。

 

例えば、2018年に日本で治療された90,683例のうち、「パジェット病」はわずか250例、0.3%に過ぎませんでした。筆者自身も年間延べ6,000人程度を外来で診察しているのですが、それでもパジェット病の方にはお目にかかったことがありません。

 

乳頭や乳輪の湿疹は多くの場合、下着との相性が悪いことなどに伴う皮膚炎で、軟膏を処方すれば速やかに改善します。ですから、しこりの時と同様、あまり心配はいりませんが、念のため医療機関を受診してください。

 

③乳房の痛み

さて、心配な症状として、「乳房の痛み」を訴えられる方もいます。

 

結論から申し上げると、乳がんを専門とする医師の中で、乳房の痛みは乳がんと一般に関係がないと捉えられています。実際、乳房の痛みの有無で乳がんの頻度を比較したところ、差がなかったとする過去研究が報告されていますし、私の診療経験でも、乳房の痛み単独でいらした方で乳がんが見つかることはほとんどありません。

 

ただ、注意が必要なのが、乳房のしこりが急激に大きくなっているケースです。このような場合には乳房が急激に引きのばされて痛みを生じる可能性があります。筆者も同様の症例に遭遇し、肝を冷やしたことがあります。ですから乳房の痛みだけの場合でも、不安を感じられたら、医療機関を受診していただくのが良いと筆者は考えています。

 

なお、乳房の痛みの原因は、ホルモンバランスや神経に由来することが多いようです。ただし、乳がんでないのが明らかになった時点で、それ以上原因を追及することはないため、原因ははっきりしないままになりがちです。

ただし、現在の保険診療には「限界」も感じる

(※写真=PIXTA)
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ここまで、乳がんを心配する方が多く訴える乳房の症状についてざっとご紹介しました。ただ筆者自身、書きながら少しジレンマを感じています。というのもこれらの症状は、乳がんと絶対に無関係とは言い切れないものの、実際には乳がんではないことの方が圧倒的に多いからです。

 

ただし、一般の方々がご自身で乳がんかどうかを判断するのは困難です。そのため受診をおすすめする以外の選択肢がないのが現実です。誌面だけでは、患者さんに安心いただけるようなクリアカットなアドバイスができないことは、心苦しいかぎりです。

 

また、そのように「とりあえず受診してください」という対応ばかりでは、患者さんの満足度が低下する恐れがあります。外来に患者さんが殺到してしまいかねないからです。医療機関としてはもちろん、患者さん一人ひとりに親身に対応することが求められます。しかし、キャパシティをオーバーすれば、本来あるべき対応が難しくなってしまうことが懸念されます。

 

実際、筆者の乳腺外来も例外ではありませんでした。この4月から新たにドクターが増えて緩和されましたが、昨年度は平均して1日60人前後、時に70人の患者を診察していました。現在は1日40〜50人前後です。当時は気づいていませんでしたが、今思えば、かなりピリピリした状態で、効率を最優先しながら診療を行なっていたように思います。

 

できる限り患者に寄り添う医療を心がけつつも、保険診療には限界があるのも現実です。

 

そう痛感したきっかけは、ある乳がん患者さんとの出会いでした。この患者さんは私が直接診療を行なっている方ではありません。仕事でお世話になっている方から、相談に乗ってあげてほしいと頼まれた患者さんでした。

 

なんでも、検診をきっかけに乳がんの診断がついたが、どこで治療を受けるか悩んでいるとのことでした。そこで、一度お会いして病状をお伺いした上で、その方が住む地域のハイボリュームセンター(手術件数の多い病院)での治療をお勧めしました。幸いスムーズに治療を受けることができ、ご本人も満足してくださいました。また、最終的な病理結果も伺いましたが、深刻な心配はほぼないと言えるものでした。

 

退院後、筆者と患者さんと、紹介してくださった方の3人で、快気祝いに食事をしました。患者さんはすっかり元気になっていたのですが、3〜4時間に及ぶ食事の間、筆者は彼女からひたすら質問を受け続けることになりました。

 

内容は主に、今後の生活の注意点等々についてです。「担当の先生には聞けなかったんですか」と尋ねたところ、「忙しそうで、とても質問できる感じではなかった」という返事が返ってきました。食事後、彼女はスッキリした顔で帰っていきました。

 

一方の筆者は、身につまされる思いでした。というのも、きっと私の患者さんのほとんどが普段、彼女と同じ気持ちで私の診療を受けていたのだろうなと感じたからです。

 

これを受け、差し当たりの対応として、術後の生活の注意点や頻繁に尋ねられる事項を冊子にまとめ、患者さんに配布する準備をしています。

 

ただ、こうした個別の努力は必要としても、現在の日本の保険診療には、このようなニーズに細やかに応えられる余裕はないように思っています。そこで、保険診療を補うような何らかの仕組み——例えば、保険診療の枠外で、患者さんの不安や相談事に対応するような仕組みが必要ではないかと感じています。

 

実は筆者自身、有志の仲間とその“仕組み”の実現に向け、動き出しています。日々の診療と並行して、患者さんのニーズに応えるためにどうすればよいか、今後も模索し続けていきます。

 

最後になりますが、もし、診察で少しでも不明だったり確認したいことがあれば、医師やその他の医療者に遠慮なく質問するようにしてください。医療者はみな、余裕がない中でも、患者さんの力になりたいと考えているものですから。

 

 

尾崎 章彦

常磐病院 乳腺外科医

 

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本記事は、株式会社クレディセゾンが運営する『セゾンのくらし大研究』のコラムより、一部編集のうえ転載したものです。