「乳がん」は検診の効果が確立されている数少ないがん
現在の日本において、乳がんは最も発症数の多い女性のがんです。1年間に乳がんを発症する女性は94,400人(2021年)、実に、女性の約9人に1人が一生のうち乳がんを発症するといわれています。手前味噌ですが、当院の乳がん治療数は現在福島県で4番目の規模であり、日頃多くの乳がん患者の治療に携わっています。今回は身近な病気である乳がんという病気についてぜひ一緒に勉強しましょう。
まず、今回の記事を通してみなさんに最も伝えたいことは、乳がん検診の重要性です。というのも乳がんは数あるがんのなかで、検診の効果が確立されている数少ないがんの一つだからです。検診によって早い段階で病気を発見することができれば、多くのケースにおいて体に負担が少ない治療で病気の治癒を目指すことができます。
その意味で定期的な検診の受診は非常に重要です。加えて、日本において乳がんは40歳代から50歳にかけて発症数のピークがあり、働く世代こそ検診が重要といえます。
特に有効なのは「2年に一度のマンモグラフィ」
では乳がん検診において、どのような検査をどのような頻度で受ければ良いのでしょうか。現在最も効果が確立されている検査は、マンモグラフィです。これは乳房専用のX線撮影のことで、乳房を板で圧迫し、薄く伸ばした状態で撮影されます。過去の調査結果を統合すると、2年ごとの定期的なマンモグラフィの受診により乳がんによる死亡率が15%から20%低下すると考えられています。
以上を踏まえて、日本においては自治体が主催する検診(対策型検診と呼ばれます)に関して、40歳代以上の女性を対象として2年ごとの乳がん検診が推奨されています。なお、過去には触診とマンモグラフィを組み合わせての乳がん検診が広く実施されていましたが、現在は触診によって乳がんを指摘することは困難であるとされており、積極的には推奨されていません。
ただし、乳がんによる死亡率低減効果を解釈する上で、注意が必要な点もあります。というのも、これらの結果が1990年以前とかなり昔に実施された調査に由来していることです。この数十年の間で乳がんの薬剤治療は劇的に改善しました。ホルモン治療のほか、分子標的剤、免疫チェックポイント阻害剤など最新の薬剤が次々と導入されており、かつては根治が難しかった進行した段階の乳がんも治療が可能となっています。
結果として、マンモグラフィで早期に乳がんを指摘することによる死亡率低下の効果は、実際にはもう少し小さいと考えるとする考え方もあります。そうであったとしても、死亡率低下効果が少なからずあり、より侵襲の小さい治療を実現することが多いマンモグラフィを定期的に受診する意味はあると筆者は考えています。
マンモグラフィ以外の検査方法はどうなのか?
ちなみに、実際の乳がん検診においてはマンモグラフィの他に触診や乳房超音波検査、乳房MRI検査、PET検査などさまざまな方法が実施されています。ただし、これらの検査を乳がん検診において単独で用いることは適切ではありません。マンモグラフィの効果が確立されている現代医学においては、マンモグラフィにこれらの検査を組み合わせることでどのような上乗せ効果があるかという考え方で、さまざまな実証試験が実施されてきました。
では、これらの検査をどのようにマンモグラフィに組み合わせるのが良いのでしょうか。最も導入が進んでいるのは、乳房超音波検査です。乳房に超音波を当て、その反射波を画像に映し出すことで乳房内部の状態を知ることができます。乳房を挟んで撮影するマンモグラフィと比べ、受診者のストレスが少ないのが特徴です。
乳房超音波検査については、日本において重要な調査が実施されています。76,196人の女性を対象に実施されたJ-START試験という調査の結果、40歳代の女性においてマンモグラフィに乳房超音波検査を組み合わせることで乳がんの発見数が増加し、ステージ0または1の乳がんが増加していることもわかりました。なぜ40歳代の女性が対象になったかというと、この年代では乳腺濃度が高くマンモグラフィの診断精度が下がりやすいことが問題となってきたからです。乳房超音波検査は、乳腺濃度の影響を受けにくく体の負担も少ないので、検診レベルでこの年代の女性でマンモグラフィに組み合わせる検査としては最適といえるでしょう。
ただし注意が必要なのは、乳房超音波検査を上乗せすることによる死亡率低下効果が明らかではないことです。また、乳房超音波検査は術者の力量や経験に診断精度が影響されやすいです。そのため40歳代の女性に限ったとしても、日本全国の自治体で大規模に実施するには向いてないかもしれません。加えて、乳房超音波検査を実施した場合、乳がん以外の良性病変が指摘されるケースも増加します。診断を確定するために侵襲的な追加検査(針生検等)を実施するケースが増えたり、数年間に渡って定期的に半年ごとに検診を受けていただく必要があったりなど、デメリットも増えます。そのメリット・デメリットを医療者と相談しながら実施することが重要と考えます。
また、乳房超音波検査は海外では積極的に実施されていません。より広く実施されているのはMRI検査です。ただし造影剤を用いたMRI検査が基本であり、検診レベルで実施するにはいささか侵襲が強すぎるといえます。
なお、乳がん検診においてマンモグラフィ以外のさまざまな画像検査が実施されている一つの理由として、痛みが挙げられます。以前、マンモグラフィ実施時の痛みと、痛みを緩和する方法についてゴールドオンラインに記事を執筆していますので、そちらをご参照いただけると幸いです。
要約すると、月経前や月経中のマンモグラフィの撮影を避けることや、カフェインの摂取や喫煙を控えることが有効と考えられています。また、放射線技師とコミュニケーションを取りながら撮影してもらうことも有効でしょう。
では、現在の日本における乳がん検診の受診率はどの程度なのでしょうか。2019年の国民生活基礎調査によると、40歳から69歳の女性における乳がん検診の受診率は43.7%と報告されています。2010年には37.7%だったので、徐々に改善しており定着してきたといえるでしょう。一方で、依然として半数以上の女性が乳がん検診を受診しておらず、更なる改善が必要な状況です。
また、乳がん検診の受診率は地域差が大きいことも重要です。たとえば、筆者が勤務するいわき市においては乳がん検診の受診率は20%未満にとどまっています。人々が検診を思いとどまる理由はさまざまでしょうが、もしご家族や友人に乳がん検診を受けるか悩んでいる方がいらしたら、その想いを受け止めつつそっと背中を押していただきたく思います。
「気になる症状」は様子見せず即受診
最後に、検診受診と同じように重要なのが、乳がんに関する症状を自覚した場合、できるだけ早く医療機関を受診していただきたいということです。なぜならば、一般に「検診で指摘される乳がん」よりも「症状をきっかけとして見つかる乳がん」の方がより進行していることが多いからです。乳がんの代表的な症状は、胸のしこりや乳首からの赤色の分泌物などです。もちろんそのすべてが乳がんに伴うものというわけではありません。ただ、このような症状が現れた場合、医療機関を一度受診して深刻な病気がないかをぜひドクターと確認しましょう。
また、少し落ち着いた感はありますが、新型コロナウイルスの流行が乳がん診療に及ぼした影響について考えることも重要です。たとえば、日本対がん協会の調査では2020年の乳がん検診受診者数は634,753人であり、2019年(871,627人)と比較して27.2%低下しました。2021年には785,349人まで回復していますが、依然として9.9%の低下率であり、新型コロナウイルス流行の影響が遷延しています。実際、私の外来においても新型コロナウイルス流行があり、それまで継続していた乳がん検診の受診を控えたり、症状には気づいているにも関わらず受診を遅らせたりして進行がんで指摘されるような方々が散見されています。
また、私の経験上、日々仕事に追われているような方々や家族のサポートを得がたいような方々、またどちらかというと、楽観的な性格の方々において受診が遅れる傾向があるように感じられます。
以前、私は東日本大震災が福島県沿岸部の乳がん診療に与えた影響について調査を行いました。すると、震災前に症状自覚後1年以上も医療機関受診が遅れるような乳がん患者の割合は4.1%に過ぎませんでしたが、震災後は18.6%に及んでいました。震災後の環境変化で知らず知らずのうちに自身の健康や医療機関受診の重要性が下がってしまった可能性があります。私は「目に見えないものへの恐怖」という意味で、現在の新型コロナウイルスの流行と放射能には類似点があると考えています。不安な症状があればまずお電話でも構いませんので医療機関とコンタクトをとってみましょう。
尾崎 章彦
常磐病院 乳腺外科医
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