認知症の「興奮」や「徘徊」はコントロールが利く症状
まず、認知症の症状は、例えば薬で治療するなどして改善することはできるのでしょうか? 一昔前には呆け・痴呆と呼ばれてきた認知症は、医学的には脳の働きが低下し、記憶力や判断力、コミュニケーション能力などが衰える症状の出る病気のことをいいます。
認知症は人の生命活動の中の様々な面で障害を引き起こしますが、その症状は中核症状(脳の働きの低下によって直接引き起こされる症状)とBPSD(行動・心理症状)に大別することができます。
中核症状は認知症自体の症状で記憶の障害や理解力の障害などを指すのですが、この症状は脳の直接的な損傷によって引き起こされているので、残念ながら中核症状を大きく改善するような治療は今のところありません。一方のBPSDは中核症状の結果生じる二次的な症状で、抑うつ、興奮、徘徊など多岐にわたります。特に興奮や徘徊などは生活上の大きな問題になりがちです。
しかし実のところ、幸いにもBPSDは生活環境、周りの人の接し方、治療薬等によってある程度コントロールすることが可能です。認知症の症状で周囲へ大きな負担となってしまうのは主にこのBPSD。現代の医学ではまだ認知症そのものの治療はできませんが、BPSDを理解してコントロールすることによって、認知症であっても本人も家族もその人らしく暮らせるように目指していくことができます。
それでは、具体的にはどのように認知症の方とコミュニケーションを取っていけばよいのか。症状の特性を踏まえながら見ていきましょう。
「負の感情を悪化させる対応」はBPSDを悪化させる
認知症の家族にイライラしてしまったことはないでしょうか?
何度も同じことを聞かれる、当たり前のことを聞かれる、言うことを聞いてくれないなど怒りたくなる理由はたくさんあります。しかし認知症の家族に対して怒ることは、認知症の症状を悪化させる可能性があるため、避けるべきです。
例えば尿失禁をしてしまったとしましょう。当然ですが、本人はわざとしたわけではないですし、進行した認知症の場合は尿失禁したことを認識できていなかったり、覚えていなかったりします。また、はっきりとは覚えていないものの、下着やズボンが濡れていることで失敗してしまった自覚のみある場合もあります。
認知症の方を怒っても、何を怒られているのか理解できず、戸惑いや恐怖などの負の感情のみが残ることがあります。また、自分の意見や感情が否定されることで、自己肯定感が低下し、ストレスを感じることがあります。こうして不安を中心とした負の感情が大きくなることでBPSDが悪化してしまうのです。
「ダメ」や「違うよ」などの否定する言葉や「なぜできないの?」など、見下すような言葉も怒ることと同様にBPSDを悪化させ、また認知症の家族に対する信頼関係を損なうことがあり、彼らの心の安定やコミュニケーションの円滑化に悪影響を及ぼします。本人は自覚のあるなしに関わらずさまざまな困難に直面しながら生活していますので、手助けになる味方であると認識してもらえるようにしましょう。
BPSDの症状には「共感を示す」対応を
では、どのような接し方が望ましいのでしょうか?
認知症の家族には、共感を示し、状況や気持ちを理解しようとする言葉をかけましょう。例えば、「大変だったね」「一緒にやってみよう」といった言葉が適切です。
先程もお伝えしたようにBPSDの症状は感情によって大きく左右されます。負の感情で悪化するということは、正の感情で症状が良くなるということでもあります。自分がうまくできていないこと、家族に迷惑をかけていること、またそういったときの家族の雰囲気は、認知症が進行して認識能力が下がっていたとしても本人は敏感に感じ取っています。自己肯定感を高めるような声掛けとともに、明るい雰囲気を作って日常を楽しく過ごせる環境作りも大切になってきます。
また、見落とされがちなことに、認知症の症状が出ているほとんどの方は理解力だけでなく聴力も低下しているということがあります。「最近、親の認知症が進んだな」と思っていたら、実は耳がほとんど聴こえておらず声に反応できていなかったというのは、介護の現場ではよくあるケースです。
理解力も聴力も低下している状況ですから、短くてわかりやすい言葉を使い、ゆっくりとはっきり話すことが重要です。
適切に接するためには、専門家の手を借りることも必要
適切な対応をするためには、怒らず、否定的な言葉を避けることが重要です。認知症であってもなくてもその人を個人として尊重してコミュニケーションを取っていくことが、その人のQOL(生活の質)にとって何より大切であることは変わりません。認知症の家族の立場になり、その状況や気持ちを理解しようとしましょう。また、共感を示す言葉を使い、短くてわかりやすい言葉でゆっくりと話すことが大切です。信頼関係を築くことで、コミュニケーションが円滑になり、認知症の家族と介護者双方の生活の質が向上します。
しかしながら、このような丁寧なケアはある程度の心の余裕がないと難しいものです。認知症の方が過ごす日常が良いものであることに、家族の健やかな日常は欠かせません。
介護で寝不足が続いている、自分の生活もままならないなどつらい状況に置かれている方は、まずは自分自身の状況を自分のみで解決しようとせず、医療や介護の専門家と連携し援助を受けることが最優先です。
認知症に限らず、大きな病院へ行ったほうが安心と考えている人は多いと思います。一口に認知症と言っても、メジャーなものだけでアルツハイマー型、脳血管性、レビー小体型の3つがあります。その診断にはMRI等の画像検査が必要なこともあり、ある程度大きな病院での受診が必要になります。しかし、認知症患者本人と家族が長年付き合っていく日々のたくさんの困りごとを解決するには大きい病院は向いていません。夜寝てくれないとか、食欲がありすぎて困っているとか、そういうことはなかなか相談しづらいのではないでしょうか。
こういう場合には大きな病院よりも、むしろ身近な介護サービスや在宅医療が役に立ちます。在宅医療や訪問看護は医者看護師など医療者が自宅に来て診察や医療的なケアを実施してくれるため、日常の問題を解決するには一番です。家庭に訪問することで、より普段の様子に近い状態を知ることができます。そのうえで本人が何に困っているのか、家族が何に困っているのか、この先どういうリスクがあるのかなど、時間をかけてアセスメントを行い、解決できるものは解決し、解決できないものは関わり方へのアドバイスをしていきます。
繰り返しになりますが、認知症の方と接するときは、相手を理解して寄り添う姿勢がまず何よりも大切です。安心感を持ってもらい信頼関係を築くことで、お互いのQOLを保ったまま生活を続けていくことができます。ただし、寄り添う姿勢を続けるには心の余裕と正しい知識が必要です。認知症はともすれば軽視されがちですが、しっかりと病気です。介護的なケアはもちろん医療的なアプローチも欠かさずに、プロに頼って一緒に解決していきましょう。
小畑 正孝
医療法人社団ときわ 理事長
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