14年後…80歳の夫に先立たれたBさん
退職後、趣味の登山をできるだけ長く続けて穏やかに過ごしていたのですが、幸せな夫婦の老後生活もやがて終わりを迎えます。ご主人のAさんが80歳を迎えたころ、持病を悪化させてこの世を去ってしまったのでした。
75歳のBさんは、失意の中夫亡き日々を送っていましたが、ご自身の体はまだまだ元気、これから過ごす1人での暮らしのために、Aさんの相続手続きを始めました。
ところが、不動産の名義を変えてもらおうと、司法書士に依頼したところ、思いもよらないひと言が返ってきたのです。司法書士さんは「Bさん以外にも相続人がいますよ」と言うのです。Bさんはなんのことを言われているのかその時点ではさっぱりわかりませんでしたが、事情をまとめると下記のとおりです。
・実は、Aさんの父には離婚歴があり、Aさんは後妻とのあいだに生まれた1人息子だった
・Aさんの父は前妻とのあいだにも子どもを2人設けていた
・前妻とのあいだの2人の子どもとAさんは腹違いの兄弟(異母兄弟)にあたるため、腹違いの兄弟にもAさんの財産を相続する権利がある
もちろんBさんはその2人と連絡を取ったことはなく、どうやって連絡を取ればいいのかもわかりません。もしうまく連絡が取れたとしても、その2人が結託して法定相続分を主張しようものなら、住んでいる住居や貴重な老後資金の退職金の相続権を主張することだってありえます。
いつも楽しく登山をしていた夫はもうこの世におらず、相談することもできません。
「貴方、どうしてこんな大切なこと教えてくれなかったの!? なんで……」
泣いても叫んでも、その夫はもうこの世にはいないのです。
唯一の親族となった弟にも飛び火...
不安になったBさんは、Bさんの唯一の親族である実弟に相談します。弟の立場からすれば、急にそんなことを言われてもなにができるのか皆目見当がつきません。
ここで弟ははたと気づきます。
「万一、この問題が解決されずに姉さん(Bさん)に万が一のことがあったら、この問題はどうなるんだ? 唯一の相続人である弟の俺が引き継ぐのか? 姉の、旦那の、お父さんの、前の奥さんのあいだに生まれた子ども2人と、俺が問題を一緒に解決する? そんなことできるわけないだろ」
疑問は膨らみますが、法定相続人とはそういうルールです。法的に従わざるを得ない義務には、時にいわれのないように感じる義務もあり得ます。老後穏やかに暮らしていたBさん、さらにはBさんの弟、まさかこの歳になってこんな課題を抱えるとは思いもよらなかった課題が降って湧いたのでした。
A夫妻はどうすべきだったのか?
子どものいない夫婦に潜むリスクを回避するために、A夫妻はどうすべきだったのか? 絶対条件のひとつは、「Aさんが遺言書を残すこと」です。Aさんの万一の際にはBさんを中心に相続をさせる遺言書の準備をする必要があります。遺言書があれば遺言書のとおりに遺産相続は実行されます。兄弟姉妹には遺留分(法定相続人の最低限の取り分)という考え方はありませんから、相続発生後に問題が沸き起こることも基本的にありません。
今回の事例のような、「少子高齢化」「子どもがいない夫婦の増加」「生涯結婚をしない人の増加」「離婚」などを考えると、「どうして〇〇が相続人なのか?」と言いたくなる事例は増えてくるように思います。
子どもがいれば、配偶者や子ども、孫を中心とした縦下の家族関係が当事者になります。一方、子どもがいないと、イメージは横に広がる相続人関係(兄弟姉妹,甥姪)が想定されます。両親に離婚歴や再婚歴があると過去にさかのぼる必要もあります。
子どもがいない場合の、先々の相続や身の回りのお世話を誰がどのようにしていくのかは、人それぞれ答えが違います。離婚歴がなくとも、子どもがいないと兄弟姉妹、甥っ子、姪っ子が相続人になっていき日常の人間関係だけでは測りきれない相続人模様を呈します。
人生一度きりです。子どもがいない場合、心置きなく退職後の生活に向うために、遺言書は必須と考える必要があるのではないでしょうか。
(こちらの記事はプライバシーに配慮して、全体のストーリーを損ねない範囲で、登場人物などの背景を入れ替えています)
森 拓哉
株式会社アイポス 繋ぐ相続サロン
代表取締役