4 ― 総括:物価変動を早期に反映する仕組みと賃金や加入者の変動を平準化する仕組みが奏功。ただし、繰越しのツケを一度に精算する仕組みや68歳以降の改定ルールは再確認が必要
本稿では、別稿で確認した年金額改定のルール(図表1)が、2023年度分の改定でどのように機能したかを確認した。その要点は、次のとおりである。
- 本来の改定率の計算過程では、2022年(暦年)の物価上昇率が反映された。
- 本来の改定率の計算に用いる実質賃金変動率は2~4年度前の平均であるため、コロナ禍初年度(2020年度)の低下と2年目(2021年度)の上昇を総合する形になり、年金額の急な変化を抑えた。
- その結果、実質賃金変動率はプラスとなり、68歳以上の改定率が初めて67歳以下の改定率より抑えられた。
- 年金財政健全化のための調整率(いわゆるマクロ経済スライドの調整率)も2~4年度前の平均であるため、コロナ禍が年金額に与える影響を抑えられた。
- 本来の改定率が物価上昇を反映して大幅なプラスになったため、年金財政健全化のための調整率は前年度からの繰越分も含めてすべて反映された。
- この結果、2023年度の調整後の改定率(実際に適用される改定率)は67歳以下が+2.2%、68歳以上が+1.9%と3年ぶりの増額になったが、調整率の適用により年金額は目減りした。
物価の上昇が続く中、約1年遅れではあるが年金額が3年ぶりに前年よりも増額された点は、朗報と言えよう。また、改定率の計算過程に3年平均を取る仕組みが入っていたことで、コロナ禍の影響を抑えられた点も、制度設計の恩恵を受けたと言えよう。
一方で、年金額の実質的な価値が3年ぶりに目減りする点には注意する必要がある。特に2023年度の改定においては、2023年度分の調整率に加えて2021年度と2022年度に繰り越された2年度分の調整率が一度に解消されたため、近年では比較的大きめの目減りとなった。
デフレ時に調整されなかったツケが回ってきた形ではあるが、物価上昇が大きいときに溜まったツケを一気に精算する仕組みについて、そもそもツケを溜めるべきかも含めて、改めて議論が必要だろう。
さらに、68歳以上の年金の伸び(改定率)が、初めて67歳以下の年金の伸びより抑えられた点にも注意が必要である。
この仕組みが創設された2000年改正時は年金受給者の購買力を維持する仕組みだったが、2004年改正で年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)が追加され、物価上昇時には購買力を維持できない仕組みになっている11。67歳以下の年金の伸びでも現役世代の賃金の伸びに追いついていない中で68歳以上の年金の伸びをさらに抑えるべきかについて、再確認する必要があるだろう。
11 物価下落時には調整が発動されない仕組みになっている(図表4の特例b)。