高齢のアパートオーナー、家族を襲う「緊急事態」に直面...「家族信託」を活用したワケ【司法書士が解説】

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菱田 陽介
高齢のアパートオーナー、家族を襲う「緊急事態」に直面...「家族信託」を活用したワケ【司法書士が解説】
(※画像はイメージです/PIXTA)

高齢化が止まらぬ昨今、親が認知症になってしまったために財産が凍結し、子供の負担が増える事例が増えています。これを避けるために注目したいのが、「信託」です。今回はアパートを経営する78歳のAさんの事例をとともに、「家族信託(民事信託)」について司法書士の菱田陽介氏がわかりやすく解説します。

超高齢社会で高まる「信託」の需要

(※画像はイメージです/PIXTA)
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「信託」とは

「信託」とは、自分の財産を他人に預け、処分や管理、運用を任せる法律行為のことです。信託法第2条には、「特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。同条において同じ)に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることをいう」と規定されています。

 

たとえば、不動産を信託した場合、財産の処分や管理を他人に託すため、不動産の名義が「所有者」から「受託者(管理を託された方)」に変わります。これにより、受託者は自分で不動産を売ったり、貸したりすることができるようになります。

 

また、アパートを他人に信託して利益が上がった場合、その利益は受託者ではなく、権利を委ねた「委託者」か、または委託者が指定した「受益者(=利益を受ける方)」のものになります。

 

このように、

 

・財産を他人に委ねたい方=委託者

・財産を託された方=受託者 

・財産から生じた利益を受ける方=受益者

 

の3者が登場するのが信託の特徴です。

 

「家族信託」には「遺言書」のような機能も

家族や親族内で委託者、受託者、受益者の3者を揃える形態を一般的に「家族信託(民事信託)」と呼びます。父親が子どもにアパートの管理を託し、利益は父と母が受け取るような形が典型例です。家族信託では、委託者が亡くなったあとは信託したアパートを誰に受け取ってもらうか決めておくことができるため、「遺言書」のような機能も持ち合わせています。

 

投資信託のように、家族ではなく金融機関にお金を託して運用してもらう形態は「商事信託」と呼ばれ、家族信託と区別されています。

 

近年、社会の高齢化が進み、高齢のご家族の資産を管理していく需要が高まるなか、成年後見制度とは異なる柔軟な財産管理ができると考えられ、いま家族信託に注目が集まっています。

アパート経営者の78歳父が、まさかの「融資不可」に

(※画像はイメージです/PIXTA)
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横浜市に住むAさん(78歳)は代々地主の家系に生まれ、専業でマンション・アパートを経営して生計を立ててきました。Aさんの妻Bさん(75歳)と長男Cさん(46歳)、Cさんの妻(46歳)もアパートの収益で生活をしています。これまで、計画的に修繕や建替えをして、物件を維持してきました。また、税理士とも相談し、相続税についても戦略を練っています。

 

5年後に大修繕が予定されているアパートが複数あり、修繕工事のために多額の借入れが予想されていました。

 

この修繕計画について金融機関に相談したところ、担当者には「Aさんは歳なりに体力が低下しており、認知症を発症する可能性もあるため、5年後に融資することは難しいかもしれない」と伝えられました。さらに、「長男のCさんに対しては、貸付自体はできるが、担保を提供する側のAさんと担保設定の契約ができるか、またその後の工事契約などもできるか不安がある」という指摘を受けてしまいました。

 

もし物件の修繕ができず価値が維持できなければ、これはAさん一家にとって人生を左右する問題です。また、無対策で大きな借入れをするというのは、相続税の問題にも関わってきます。

 

「これでは困る」と、Aさんは顧問税理士と司法書士にも相談したところ、「家族信託」を提案されました。「Aさん名義の不動産を長男Cさんに信託する」というプランです。

 

司法書士からは、「Aさんが不動産を信託するということは、Aさん自身の名義をCさんに変えることになり、Cさんの意向で不動産を処分できるようになるが、それでも問題ないか」と確認され、Aさんも納得のうえ、物件をCさんに信託することにしました。

 

これにより、Cさんが「受託者」となりました。金融機関にも、将来的にCさんの名義で借入れをすることを了承してもらいました。

 

今回の信託は、

 

アパートの管理を委ねる「委託者」がAさん

管理を託される「受託者」が長男Cさん

アパートの収益を受け取る「受益者」はAさん

 

という構図です。

 

また、「Aさんが亡くなったあとは妻のBさんが受益者となってアパートの利益を受け取り、Bさんも亡くなった場合は信託が終了。その後Cさんがアパートの名義(所有権)を取得する」という内容になっています。この場合、相続対策も同時に行えたことになります。

 

こうして信託の内容が決定し、信託を実行していくことになりましたが、金融機関からの要請で信託契約書は「公正証書」で行うことになりました。

 

金融機関が「公正証書」での契約を要求したワケ

信託の際は、一般的に委託者と受託者で「信託契約」を結びます。

 

同じく不動産の名義を変える「売買契約」の場合は、通常公正証書で作成することはありません。「売主が買主に不動産を引き渡し、買主が売主に代金を支払う」というシンプルな契約のため、わざわざ公証人の確認まで求められることはありません。

 

しかし、信託契約はその内容の複雑さと契約期間の長さにより、契約書の作成にあたっては慎重さが求められます。そのため、金融機関としては公証人による本人確認と意思確認が行われる「公正証書」により、契約書を作成することを求めました。

 

また、受託者(長男Cさん)がアパートの家賃を受け取るための信託用口座の開設にも、公正証書による信託契約書があることが条件であるといわれました。公正証書による契約書の作成にあたっては、公証人と委託者Aさん、受託者Cさんが面談し、本人確認と「本人の意思による契約であるか」、「契約内容を理解しているか」などの確認を受けます。

 

当然もし認知症になってしまえば、判断能力の低下により複雑な契約内容など理解できませんので、契約書を作成することができません。Aさんはまだ判断能力が充分にあったため、問題なく公正証書での信託契約書を作成することができました。

 

このように、アパート経営をしている方が信託を利用する際は、健康状態や金融機関の意向、公証人の判断、相続税の問題など複数の課題を検討し準備をすることが必要になるので、「簡単に素早くできるものではない」とご認識いただくのがよいでしょう。

 

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本記事は、株式会社クレディセゾンが運営する『セゾンのくらし大研究』のコラムより、一部編集のうえ転載したものです。