(※画像はイメージです/PIXTA)

亡くなった家族の遺産は、わずかな預金と自宅の土地・建物だけ…このような家庭は、「家」の資産価値を重視してきた日本では非常によく見られます。家以外の遺産がほとんどない場合、相続税の納税資金の確保に難儀するかもしれません。ゆら総合法律事務所・阿部由羅弁護士が、事例とともに対処法を解説します。

(※本記事で紹介する事例は架空のものです。)

「ウチはお金持ちじゃないから大丈夫」と思いきや…

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<事例>

X家の仲良し3姉妹A・B・Cは、亡くなった母の相続について相談するため、知り合いの弁護士Lが経営する法律事務所を訪れていた。

 

母は会社員として働きながら、女手一つで3姉妹を育ててくれたが、病気により50代で亡くなってしまった。長女Aは30代になったばかりで、次女Bと三女Cはまだ20代だ。

 

X家は決して裕福でなかったが、母は3姉妹が帰ってくる場所を作りたいとの思いを持っていた。そのため15年ほど前に住宅ローンを組んで、好立地のマンションを購入した。

 

金利が今より高かった時代に住宅ローンを組んだため、返済は楽ではなかった。それでも多少は貯金ができていたが、晩年に医療費がかさみ、最終的に母の預金は50万円ほどしか残らなかった。団体信用生命保険によって住宅ローンはなくなったが、母の遺産は約50万円の預金と、マンションのみである。

 

A・B・Cは特にもめることなく、母の遺産を平等に分けることで合意した。預貯金は均等に分け、マンションは3人で共有し、母の思いを汲んで「帰ってくる場所」として共同管理することにした。

 

しかし、弁護士Lからの指摘を受けて、3姉妹は愕然とする。

 

「相続税がかかりそうですね。税理士を紹介します」

 

3姉妹は、X家は裕福ではないから、相続税など無縁だと考えていた。遺産の預金は50万円ほどしかなく、3姉妹もまだ若いので、ほとんど資産を持っていない。

 

弁護士Lの紹介を受けて、3姉妹は税理士Tに相談し、相続税の試算をしてもらった。すると、なんと相続税が合計1000万円以上かかるというのだ。

 

1000万円などという大金を用意するには、マンションを売却するしかない。しかも、相続税の申告期限が迫っているため、短期間で売却しなければならない。

 

結局3姉妹は、不動産会社に買い取りを依頼し、相場よりも大幅に安い金額でマンションを手放さざるを得なかった。

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X家の「悲劇」はなぜ起こったのか?

3姉妹が相続税の納税に迫られ、相場よりも大幅に安い金額でマンションの売却を強いられた原因としては、主に以下の4点が挙げられます。

 

①配偶者控除がないため、相続税が多額だった

②資産ポートフォリオがマンションに偏り過ぎていた

③相続人が若く、各自の資産額が十分でなかった

④相続税についての認識・知識が不足していた

 

【①配偶者控除がないため、相続税が多額だった】

本事例の相続では、亡くなった被相続人の配偶者が相続人に含まれていません。被相続人の配偶者がいる相続では、「配偶者の税額の軽減(配偶者控除)」の適用を受けることで、相続税を大幅に軽減できます。

 

これに対して、被相続人の配偶者がいない相続では、配偶者の税額の軽減を受けることができないため、相続税が高額になる傾向にあります。

 

本事例の被相続人はシングルマザーでしたが、先に父母のどちらかが亡くなった後、もう一方が亡くなった際に発生する相続(=二次相続)の場合にも、同様に相続税が高額になる可能性があるのでご注意ください。

 

※参考:国税庁「No.4158 配偶者の税額の軽減」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4158.htm)

 

【②資産ポートフォリオがマンションに偏り過ぎていた】

資産ポートフォリオとは、保有する資産の組み合わせのことです。母が亡くなった当時の資産ポートフォリオは、好立地のマンションの他には預金50万円のみと、マンションに偏り過ぎている状況でした。

 

資産ポートフォリオの不動産偏重については、価格変動のリスクを指摘されることが多いですが、相続のリスクも無視できません。現預金がほとんどない状態で相続が発生すれば、相続税の納税資金を確保できず、不動産の維持は困難になる可能性があります。

 

【③相続人が若く、各自の資産額が十分でなかった】

母が残した預金がほとんどなくても、相続人である3姉妹が各自で十分な現預金を保有していれば、マンションを売却せずとも納税資金を準備することはできたでしょう。

 

しかし、3姉妹は30代または20代と若く、十分な資産形成ができていなかったために、自身の財産からは納税資金を捻出できなかったものと思われます。

 

20代から40代の「資産形成層」は、自身の財産が十分でない状態で相続を迎えることがよくあります。早い段階で相続が発生する可能性に備え、相続対策を行っておくことが大切です。

 

【④相続税についての認識・知識が不足していた】

一般の方が相続に直面する機会は、一生のうちに一度か二度くらいです。そのため、相続税に関するルールを十分に理解している方は少数派でしょう。

 

亡くなった母も3姉妹も、相続が発生したらどのくらいの相続税が課されるのか、ほとんど(またはまったく)考えたことがなかったものと思われます。特に、50代という若齢で亡くなるようなケースでは、残された相続人には、相続税に関する認識・知識をほとんど持たないケースが多いです。

 

相続税について正しく認識・理解していないと、実際に相続が発生した際、思わぬ高額課税によって予期せぬ事態を招く可能性があります。

納税資金を作るため、不動産を安く手放すケースも多い

本事例において、3姉妹がマンションを安く手放さざるを得なかったのは、相続税の納付期限に間に合わせるためでした。

 

相続税の申告・納付期限は、相続の発生を知った日の翌日から10ヵ月以内です。

 

マンションなどの不動産は、仲介により売却しようとすると時間がかかり、相続税の納付期限に間に合わない可能性があります。短期間で売却するため、やむなく不動産会社に買い取りを依頼するケースも多いですが、売却価格は低く抑えられがちです。

 

本来であれば高い資産価値を持つ不動産を、納税に迫られて不本意な価格で売却するのはもったいないでしょう。相続人による中長期的な資産形成の観点からも、適切な相続対策を行うことが重要です。

生前の段階で相続税対策を検討すべき

20代から40代の「資産形成層」の方は、親の急病などによって早期に相続が発生すると、相続税の納税に難儀する可能性があります。

 

そのため、家族全員で将来的な相続について話し合い、税理士のアドバイスを踏まえて相続税対策を行うことが望ましいでしょう。相続に対する備えは、早ければ早いに越したことはありません。

 

 

阿部 由羅(ゆら総合法律事務所 代表弁護士)

1990年11月1日生。東京大学法学部卒業・同法科大学院修了。弁護士登録後、西村あさひ法律事務所入所。不動産ファイナンス(流動化・REITなど)・証券化取引・金融規制等のファイナンス関連業務を専門的に取り扱う。

民法改正・個人情報保護法関連・その他一般企業法務への対応多数。同事務所退職後は、外資系金融機関法務部にて、プライベートバンキング・キャピタルマーケット・ファンド・デリバティブ取引などについてリーガル面からのサポートを担当。弁護士業務と並行して、法律に関する解説記事を各種メディアに寄稿中。埼玉弁護士会所属弁護士。著書:『債権法実務相談』(西村あさひ法律事務所編)(共著)

本記事は、株式会社クレディセゾンが運営する『セゾンのくらし大研究』のコラムより、一部編集のうえ転載したものです。