(※画像はイメージです/PIXTA)

家族が亡くなると、葬儀対応に続いて相続手続きへの対応が必要になります。準備や心構えがないまま相続手続きに突入すると、思わぬトラブルに巻き込まれてしまいかねません。ゆら総合法律事務所・阿部由羅弁護士が事例を挙げて解説します。

(※本記事で紹介する事例は架空のものです。)

先祖代々の土地を相続した弟、まさかの“手のひら返し”

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<事例>

Aは、亡くなった父の葬儀対応をようやく終えようとしていた。会社経営者として交友関係が広かった父の葬儀は非常に大変で、長男であるAは喪主としての重責に心底疲れ果てていた。

 

葬儀が一段落してAが一息ついたのも束の間、弟BからAに連絡が入った。

 

「あの土地の相続について話し合いたいんだけど」

 

「あの土地」とは、先祖代々受け継いできた田舎の土地Xのことだ。Aは弟B、妹Cと合わせて3人兄弟だが、全員都内に住んでいる。母親Dは健在だが、最近認知症が進んでいて老人ホームに入居しているため、土地の管理は難しい。できれば自分が相続することは避けたいが、BとCは相続してくれるだろうか…。

 

AはひとまずBとCを呼び寄せ、父の遺産をどのように相続するかを話し合った。しかし案の定、土地Xの相続にはBもCも難色を示した。遺産分割協議は1年近く長引いたが、結局他の遺産を多めに相続することを条件に、土地XはBが相続することで合意した。

 

Aは母親Dに連絡を取り、弟B・妹Cと話し合った遺産分割の内容を伝えた。母親Dは理解したかどうか曖昧な反応を示したが、「認知症だから仕方ないか」と思い、Aは相続手続きを進めることにした。

 

A・B・C・Dの4名は遺産分割協議書を締結して、土地Xを含む遺産の相続手続きを行った。しかし数ヵ月後に悲劇が発生する。土地Xで土砂崩れが起き、隣地の家屋を倒壊させてしまったのだ。土地Xを相続していた弟Bは、多額の損害賠償を請求されてしまった。

 

Aは驚いたが、弟Bが対応するだろうと高を括っていた。ところが弟Bは、自分が土地Xを相続することになった遺産分割の無効を主張して、A・C・Dを相手に訴訟を提起してきたのだ。その理由は、「母親Dは当時認知症が進行しており、意思能力がなかったから」というものだった。

 

遺産分割の無効確認訴訟はもつれにもつれたが、最終的には弟Bの主張を認める判決が確定し、遺産分割をやり直すことになった。土地Xの土砂崩れに伴う損害賠償は、弟Bだけでなく遺産全体で負担したため、遺産はほとんど手元に残らなかった。

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長男の苦労が「水の泡」になってしまった原因

長男Aは、苦労して遺産分割協議をまとめたにもかかわらず、最終的にほとんど遺産を得られませんでした。その原因としては、主に以下の3点が挙げられます。

 

①父が遺言書を作成していなかった

②土地の管理が行き届いていなかった

③相続についての知識が不十分だった

 

【①父が遺言書を作成していなかった】

遺産分割協議でゼロから遺産の分け方を決めようとすると、相続人の間で対立が生じる可能性が高くなります。特に、管理の難しい土地が含まれている場合や、遺産総額が多額に及ぶ場合にはなおさらです。

 

本事例でも、管理の難しい土地Xの相続を巡って対立が生じ、遺産分割協議が1年以上に及びました。

 

遺産分割協議における対立を回避するには、遺言書を作成することが効果的な対策となります。遺言書によってあらかじめ遺産の分け方を決めれば、遺産分割協議における争いの種がなくなるからです。

 

本事例においても、亡くなった父が遺言書を作成していれば、Aが遺産分割協議で苦労することはなかったでしょう。

 

【②土地の管理が行き届いていなかった】

田舎の土地については、管理が行き届かないことによる近隣トラブルのリスクが常に存在します。特に、相続人全員が都市部に住んでいるようなケースでは、田舎の土地の管理が疎かになりがちです。

 

本事例でも、亡くなった父の健康状態の悪化に伴って土地Xを管理する方がいなくなり、管理不備が長年放置された結果、土砂崩れが発生してしまったものと思われます。

 

相続財産の管理不備は、承継する相続人にも迷惑をかける可能性があります。田舎の土地など、管理不備が大問題になり得る相続財産がある場合には、家族で管理方法を話し合っておきましょう。

 

【③相続についての知識が不十分だった】

認知症が進行すると、自分の行為の結果を認識できなくなることがあります。法的にはこれを「意思能力がない」状態といい、契約締結などの法律行為ができなくなります。

 

遺産分割協議書への調印についても、認知症で意思能力がない人は、自ら単独で行うことができません。この場合、家庭裁判所に成年後見人を選任してもらい、成年後見人を遺産分割協議に参加させる必要があります。

 

成年後見人ではなく、意思能力のない本人が参加して締結された遺産分割協議書は無効です。

 

上記は相続に関連する法律のルールですが、一般の方にとって常識とは言えません。相続に関する知識が乏しければ、気づかずに見過ごしてしまうことも十分考えられます。

 

本事例でも、母が認知症であるという時点で、成年後見人の選任申立てを検討すべきです。しかし、土地Xの管理など遺産分割の方法に気を取られるあまり、必要な手続きまで注意が回らなかったのでしょう。

 

相続手続きに関するルールにつき、必要な知識を備えるためには、弁護士のアドバイスを受けることをおすすめします。

相続発生時に慌てないためには、生前の準備が大切

両親が健在であっても、将来的にいつかは亡くなり、相続が発生します。その際に慌てないためには、生前の元気なうちに相続対策を行いましょう。

 

相続対策の選択肢は、早ければ早いほど広がります。特に遺言書については、認知症などにより判断能力が低下すると作成できなくなるので、早い段階で検討を始めることが望ましいです。

 

適切な相続対策を行うことは、残される相続人同士のトラブルを防ぎ、家族全体の幸せに繋がります。相続について考えたことのない方も、ご自身が当事者になりうる現実的な問題と捉え、どのような形で相続を迎えるべきかを考えてみましょう。

 

 

阿部 由羅(ゆら総合法律事務所 代表弁護士)

1990年11月1日生。東京大学法学部卒業・同法科大学院修了。弁護士登録後、西村あさひ法律事務所入所。不動産ファイナンス(流動化・REITなど)・証券化取引・金融規制等のファイナンス関連業務を専門的に取り扱う。

民法改正・個人情報保護法関連・その他一般企業法務への対応多数。同事務所退職後は、外資系金融機関法務部にて、プライベートバンキング・キャピタルマーケット・ファンド・デリバティブ取引などについてリーガル面からのサポートを担当。弁護士業務と並行して、法律に関する解説記事を各種メディアに寄稿中。埼玉弁護士会所属弁護士。著書:『債権法実務相談』(西村あさひ法律事務所編)(共著)

本記事は、株式会社クレディセゾンが運営する『セゾンのくらし大研究』のコラムより、一部編集のうえ転載したものです。