(※画像はイメージです/PIXTA)

日本人の平均寿命が延び続けることに伴って、介護問題も急増しています。「介護は実子」といわれつつも、実際のところ、長男のお嫁さんなど「子の配偶者」がかかわるケースは少なくありません。しかし、長年にわたり配偶者の親の介護に尽くしながらも、法定相続人でないことから理不尽な思いをする方も…。法律もその点を考慮し、特別寄与料の制度を創設したという経緯があります。実情を見ていきましょう。

キャリアを断念し、舅・姑の介護に尽くしてきた長男嫁

近年では女性の社会進出も進み、家事・育児・親の介護を「女性の仕事」とする感覚は、かなり薄れてきたといえます。しかし一方で、いま相続と向き合っている年代の方々のなかには、まだ昭和の価値観が根強く残っているのか、「親の介護は長男の嫁の責務」と当然のように考えている方もいて、驚くことがあります。

 

一方、長男のお嫁さんのお世話になっている高齢者の方々の場合、お嫁さんへの感謝の気持ちを込めて「長男に手厚い内容の遺言書」を残すことがあります。そのようなケースにおいては、相続人全員が介護を受けている方の意図に納得・共感していれば、円満な相続の実現が期待できます。

 

しかし、お嫁さんに感謝している方の全員が遺言書を残すわけではありません。また、ひとりの介護者にすべての負担がかかるような状況を、親族・関係者が見ぬふりをしてきたようなケースでは、感情的なわだかまりが残ります。舅・姑の介護をひとりで担ってきたお嫁さんが、遺言書のない相続で「特別の寄与」を強く主張すれば、相続人や親族との間には強い緊張が走ることになるでしょう。

「遺言書がなく寄与分」を主張するようなケース

「私は長男の嫁として10年間、舅・姑の介護を一手に引き受けてきました。この1年、2人が立て続けに亡くなったら、これまで寄り付きもしなかった義弟と義妹がいそいそとやってきて、夫に遺産分けの相談を持ち掛けているんです!義弟夫婦も義妹夫婦も、介護は一切手伝ったことがなく、すべて私がひとりでやってきたというのに、本当に許せません。……法律には〈寄与分〉という制度があると聞いたのですが、長年の介護の分だけ、私たち長男夫婦が財産を多くもらえますよね?」

 

相続トラブルの相談に乗っていると、このような質問がよく寄せられます。

 

しかし残念ながら、「なかなか難しい」と回答せざるを得ません。

 

実際のところ、「寄与分」として認定されるには、相当高額な財産的な付与、具体的には介護施設の入所費用の負担といった「財産的な価値が客観的に認められるもの」でないと難しいのです。

 

例えば、長男が高齢となった両親の施設入居費用を立て替えた場合、相続時にその金額を「寄与分」として積み増してもらうことは可能です。お金を立て替えた長男本人も当然だと考えるでしょうし、この場合は寄与分となる金額の算出も比較的容易です。

 

しかし、金銭の支出ではなく、労務の提供ともいうべき、日常のこまごまとしたサポートについては、「寄与分」として金銭的な請求に反映することが非常に困難なのです。

 

まったく認められないわけではありませんが、認められると思える基準の例を申し上げるなら、家族間の助け合いのレベルを超え、プロの専門家に代わるだけの労務提供をした場合くらいでしょう。

 

民法では、家族間に助け合いを求める「扶養義務」が定められています。扶養義務を超え、被相続人の財産を増加させたといえるレベルでなければ、「寄与分」としての金銭請求は認めてもらいにくいというのが現実です。

円満な家族関係のために「遺言書の作成」の作成を

2020年の相続法改正までは、お嫁さんが仕事を辞めてまで介護に尽くしても、「子の配偶者」独自の寄与分の請求権はないという、法的な問題もありました。

 

上述した通り、それまでは、長男のお嫁さんが介護に尽力していた場合、お嫁さんの働きに対して「長男の寄与分を厚くする」という形で請求できましたが、もし親より先に長男が亡くなってしまったら悲劇です。お嫁さんには相続権がありませんから、夫がいない以上、いくら舅・姑の介護に尽力しても、なにも得るものがありません。

 

それを考えると、2020年の相続法の改正で、相続人の配偶者固有の請求である「特別寄与料」が認められるようになったのは大きな進歩ではあります。

 

しかし、実際の相続の現場では、法定相続人による寄与分の請求すら難しいなか、法定相続人以外による特別寄与料の請求は、さらに大変なのではないかと推察されます。

 

現状において、事案の数もまだ非常に少ないことから、同様の案件を扱う弁護士たちも、「特別寄与料の具体的な金額の算出はどうするのか」「先例がないため、裁判所も特別寄与料を決めるのにあまり乗り気ではない印象だ」といった困惑の声が聞かれます。

 

多くの相続案件を扱ってきた筆者の立場から、現時点で申し上げられるのは、遺言書がない場合、黙って待っているだけでは、これまでとあまり変わらず、介護の頑張りが評価されない可能性が高い、ということです。また、現行の制度上、「介護→相続」といった一連の流れが終わってから寄与分ないし特別寄与料を主張しても、納得できる結果にはなりにくいといえます。

 

配偶者の両親が要介護となり、親族たちからも介護を懇願され、何年も介護にかかりきりになってきた方という方は多くいます。キャリアを捨て、ご自分の人生プランを大きく変更してまで介護に尽くしたのに、いざ相続の段になったとき、蚊帳の外に置かれてはたまりません。そんなつらい思いをしないためにも、周到な対策が欠かせないのです。

 

介護の頑張りに対する正当な評価・配慮を遺言書に明記してもらいましょう。

 

また、ご自身のサポートのために子どもの配偶者の手を借りているご高齢の方は、その点を考慮した遺言書を残すことを検討しましょう。それにより大切なご家族が、自分亡きあとも円満な関係を維持できるのだといえます。

 

(義務の関係上、実際の事例から変更している部分があります。)

 

 

山村 暢彦(山村法律事務所 代表弁護士)

本記事は、株式会社クレディセゾンが運営する『セゾンのくらし大研究』のコラムより、一部編集のうえ転載したものです。