はじめに-合計特殊出生率に翻弄される地域少子化政策からの早期脱却を
「東京都は全国一低出生率。わがエリアより少子化度合いは酷いだろう」という理解は統計的に誤解釈である。自治体外との人流を考慮に入れない域内合計特殊出生率(以下、TFR)比較に翻弄されることなく、正しい統計的理解でエリア少子化対策が実施されることを願い「地域TFRをベンチマークとした政策からの脱却」がなぜ重要なのか、解説したい。
そもそも少子化対策とは、人口の減少に直結する「出生減を食い止め、出生増を狙う」諸々の政策をいう。しかし、現行の地方自治体における少子化戦略においては、TFR上昇を最終ゴールとしてしまう傾向が強い。しかし、単純にTFR上昇を地域少子化対策の「最終ゴール」に掲げた場合、自治体消滅リスクが高まるケースさえある。
TFRとは何なのか
TFRは日本全体の少子化指標としては、その高低を論じて有効な指標である。言い換えると日本全体の指標として使用する分には、今のところは問題が生じない。
日本は極めて移民比率が低い(2%程度)、すなわち「TFRが日本国外との人流の影響をほとんど受けない国」だからである。TFRは日本全体の少子化対策(全体出生数向上)指標としては、経年推移比較において有効(TFR低下=少子化の加速・TFR上昇=少子化の減速)であるが、自治体の経年推移・自治体間比較においては、使用してもあまり意味をなさない状況にある。なぜだろうか。以下で可視化して解説したい。
TFRは単純な(出生数)/(出産した女性数)、つまり出産した女性1人あたりの平均出生数の値ではない。
先ずX年におけるYエリアの15歳の未婚女性と既婚女性の人数を分母として、15歳の女性の出生した赤ちゃんの人数を分子とする。この計算を15歳から49歳まで各年齢で算出し、それをすべて合算すると、「X年におけるYエリアに居住する女性の生涯の出生動向」(地域TFR)が推計される(図表1)。
従ってTFRはあくまで域内統計指標値であり、なおかつ未婚女性をも分母に含むため、1夫婦当たりの子どもの数の平均値とはならない。しかし、この点を理解せずに濫用解釈するケースが報道や自治体政策において少なくない。そこで誤用を防止するために、TFRは「女性人口の人流の影響を受ける」ことについて特に解説しておきたい。以下は人口減少エリアでほぼ共通に発生している「就職期をメインに若い独身女性がエリア外へ転出超過にある状況」下でのTFRの変化を図示したものである(図表2)。
あえてシンプルな数字を置いているが、エリア外への女性の転出超過発生前のTFR計算では、Z歳女性のTFRは50/200で0.25となる。しかし転出超過発生後には、TFRは50/180で0.28へと上昇する。つまり、地元の子育て支援等の少子化対策の効果如何にかかわらず、TFRの上昇が発生するのである。中山間地域など過疎地域ほどTFRが高い傾向があるが、未婚女性が就職等でエリアから多く出ていくことで、分母の未婚割合が圧縮される影響が大きい、というトリックに気がつかねばならない。一方、東京都のように就職期を中心に未婚の女性人口が転入超過で多く集まるエリアでは、図表3のような現象が発生する。
転入超過発生前の計算では、50/200でTFRは0.25となる。しかし転入超過発生後には、50/220となり、TFRは0.23へと下落する。つまり、そのエリアに従来から住む女性の年齢別の結婚・出産動向や少子化対策が不変であっても、未婚女性の流入によりTFR低下が発生するのである。