⽇々の⽣活のなかで必ず⽬に⼊る機会がある「雑草」。本記事では、雑草学博士の小笠原勝将氏が、知られざる雑草の基礎知識について紹介していきます。
ゴルフ場のグリーンに生える「雑草」は何種類?【雑草学博士が解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

なぜ、グリーンで生育できる雑草の種類は少ないのか

ところでどのくらいの種類の雑草がゴルフ場のグリーンに生育しているのか、ご存知でしょうか。答えはスズメノカタビラ、メヒシバ、チドメグサなど、ごくわずかな種類に限られており、多くても10種類を超えることはありません。世界の高等植物の種数を25万種とすれば、グリーンで生き残れる植物の確率はわずか1/2.5万に過ぎません。

 

なぜグリーンで生育できる雑草の種類が少ないのでしょうか。それは前述したように、グリーンが他に類を見ないほど強力な刈り取りストレスの加わる場所だからです。

 

表2に、植物に対する刈り取りストレスの強さを年間の刈り取り回数と刈り高で表してみました。

 

刈取りストレス=頻度(回数)×強度(高さ)ストレス 相対値:河川堤防の刈取りストレスを1とした場合の相対値(小笠原)
[表2]場所別の刈取りストレス 刈取りストレス=頻度(回数)×強度(高さ)ストレス
相対値:河川堤防の刈取りストレスを1とした場合の相対値(小笠原)

 

イネは通常、日本では1年に1回しか栽培されませんから、年1回の割合で地際から3センチメートル程度のところで刈り取られます。牧草は年4~5回の割合で地際から5センチメートル程度のところで刈り取られます。

 

これに対してグリーンではどうでしょうか。刈り取り頻度は年間300回にも上り、水田や牧草地の比ではありません。しかも刈り込みの高さはわずか数ミリメートルです。頻繁な刈り込みによって光合成の場である葉が失われるだけでなく、常に切り口が塞がらない状態ですので、病原菌が植物体内に侵入しやすいことも植物にとっては大きな障害になります。

ゴルフ場のグリーンは植物にとって「過酷な生育環境」

このように、ゴルフ場のグリーンは植物にとって極めて過酷な生育環境であることがお分かり頂けたかと思います。だからこそ、そこで生育できるのは刈り込みに耐えるように人為的に育種されたベントグラスと呼ばれる多年生のイネ科植物とスズメノカタビラを含めたわずか数種類の雑草に過ぎないのです。

 

スズメノカタビラは超過酷なグリーンという環境で生きていくことができるのですから、養分が豊富で頻繁な刈り取りも踏圧もない畑は天国かと思いきや、畑を苦手にしています。

 

ベントグラスは刈り取りに強い反面、暑さに弱いことから、グリーンではベントグラスを夏の暑さから守るために頻繁に散水されています。しかし、畑は当たり前のことですが冷却されていません。スズメノカタビラもベントグラスと同様に、刈り込みに強いのですが暑さが苦手です。だからスズメノカタビラは果樹園や水田裏作などの湿った場所でしか生きられないのです。

雑草は「環境適応性」によって分類することができる

雑草はさまざまな環境適応性から、畑に生えるハコベのように土壌撹乱に高い適応性を示す雑草、水田に生えるイヌビエのようにイネ(作物)との競合に強い雑草、芝生に生えるスズメノカタビラのようにストレスに強い雑草に分けられます。

 

人間にも、粗食に耐えて滅多に風邪を引かない割には人間関係で落ち込みやすい人と、その反対に人間関係には強いけれども、すぐにお腹をこわす人がいるのと同じです。

 

もちろん、土壌撹乱、競合、ストレスのいずれにも強い雑草もいます。刈り取り、踏圧、光、水分などの他にも、アレロパシーと呼ばれる植物が生産する化学物質を介した生物間の相互作用も雑草の生態に関係しています。

 

生態系では、25万種の高等植物、100万種の昆虫、6,000種の哺乳類、9,000種の鳥類、数え切れないほどの微生物が相互に関係し、しかも植物が生産する10万種類以上もの二次代謝産物と呼ばれる化学物質が相互作用のシグナル伝達に関与しているのですから、生態系はまさに複雑そのものといえます。

 

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小笠原 勝

 

1956年、秋田県生まれ。1978年、宇都宮大学農学部農学科卒業。1987年、民間会社を経て宇都宮大学に奉職。日本芝草学会長、日本雑草学会評議委員等を歴任。現在、宇都宮大学雑草管理教育研究センター教授、博士(農学)。専攻は雑草学。 主な著書「在来野草による緑化ハンドブック」(朝倉書店、共著)「Soil Health and Land Use Management」(Intech、共著)「東日本大震災からの農林水産業と地域社会の復興」(養賢堂、共著)研究論文多数。