国内損保会社は被害者救済費用特約により、被害者を救済
日本では2017年度以降、損保会社が任意加入の自動車保険に付帯する無料の特約を、「被害者救済費用特約」として発売している。
一般に、既存の自動車保険では、事故における運転者・所有者の責任の有無やその割合が確定されるまで、保険会社からの被害者対応が行われない。自動運転の場合、事故の責任関係が当事者(運転者・被害者)にとどまらず、メーカーやソフトウェア事業者にまで及ぶ可能性がある。
このため、被害者に対する補償が、従来よりも大幅に遅れてしまうことが懸念された。そこで、この特約を付帯することで、迅速な被害者救済が可能となった。被害者救済費用特約は、その名の通り、被害者救済を優先的に行うための特約であり、今後の自動運転車に関連する保険として不可欠なものになっていくと考えられる。
海外における自動運転の賠償責任
欧米では、自動運転の技術開発が進んでいる。これに併せて、保険の責任についても、議論が進められてきた。ドイツ、イギリス、アメリカの様子を、簡単にみていく。
ドイツ
ドイツでは自動車事故に伴う損害賠償が道路交通法で規定されている。日本の自賠法と異なり、人損だけでなく物損も対象とされている。道路交通法では、自動運転について、独自の技術段階1~5を採用している。
技術段階1~3は、レベル1~3とほぼ同じとみられる。技術段階4は運転者によるシステムの監視義務がないこと、システムはあらゆる状況で危険を最小限度にすることができることが、技術段階3までと異なるとされている。そして、技術段階5は、運転者不要の自動運転となる。このうち、道路交通法は、技術段階4までを取り扱ったものといわれている。
2021年5月には、道路交通法改正案が連邦議会で可決、成立し、施行された。これにより、シャトル交通サービスや自動運転ミニバスなどの特定分野に限定して、公道での技術段階4の自動運転が可能とされた※。
※ この道路交通法改正案は、自動運転法とも呼ばれる。なお、これとあわせて、電気自動車(EV)用の急速充電整備法案も可決、成立している。
一方、製造物責任については、製造物責任法とドイツ民法で規律されている。メーカーの義務は、製造物の市場投入では終わらず、投入後も監視義務があるとされる。製造物監視義務は、損害事象や安全性に関する顧客からの苦情などを収集・評価する受動的なものと、製造物に起こり得る損害リスク情報を積極的に評価する能動的なものがあるとされる。
両者の切り分けは必ずしも明らかではないが、少なくとも、自動運転システムは、高度の危険を伴う製造物であるため、あらゆる損害発生の危険性を積極的に調査することが必要とされている。
イギリス
イギリスでは、2018年に「自動運転車及び電気自動車に関する法律」が成立した。この法律により、自動運転中に自動化された車両によって生じた事故で、事故当時車両に保険がかけられていて、被保険者や他者が損害を受けた場合、保険会社が損害賠償責任を負うことが明確化された。
被害者は、日本の自賠法と同様に、保険会社に対して、直接請求することが可能となった。一方、製造物責任については1987年消費者保護法により、製造物の安全性について一般的に人が期待することができるほどでない場合、製造物には欠陥があるとされている。自動運転の場合、具体的な欠陥判断基準をどう置くべきか、議論が進められている。
アメリカ
アメリカでは、損害賠償責任と製造物責任は、各州の州法で規律されている。レベル3以下で、自動車の運転操作を運転者が行っていた場合、運転者の責任は免れないとみられている。
一方で、レベル5では、運転者の注意義務違反は問われないと考えられている。この状態での事故は、自動運転システムの不具合が原因と考えられる。この場合、運転者の責任は免責となる※。
※ ただし、自動運転システムを使用すべきでない状態で使用した場合や、オーバーライド(自動運転システムの作動を運転者の意思で打ち消すこと)をして運転すべき状態でそうしなかった場合には、運転者の過失責任が問われる可能性がある。
なお、アメリカ運輸省は、規制とは別に、ガイダンスを発行することで、自動運転の安全ルールを定めている。急速に進化する自動運転技術に対し、規則を用いずに、促進させる狙いがあるとされる。2020年には、Automated Vehicles 4.0と呼ばれるガイダンスを発行して、自動運転技術におけるアメリカの主導的立場を築くことを目指している※。
※ ガイダンスでは、「安全性の確保」、「新技術の開発の促進」、「基準、政策の統一化などに向けた協働」を3本柱としている。
おわりに (私見)
今後、自動運転システムの開発は、更に高いレベルへと進展していくものと予想される。自動運転システムを装備した自動車はますます身近なものとなり、人々の生活を大きく変化させる可能性が高い。自動運転から得られる効用は幅広い範囲に及ぶであろう。たとえば、交通渋滞、ドライバー人材不足、高齢者の移動困難など、現代社会が抱える諸問題の解決に寄与することが期待される。
一方、これに伴って、自動車保険の機能にも、大きな変化が求められる。もし、自動運転に伴う新たなリスクに対応していかなければ、人々に自動車の運行に関する安全・安心を与えるという、自動車保険本来の役割が果たせなくなってしまう恐れもある。引き続き、国内外の法規制の見直しや損保商品開発の動向などを、注視していくことが必要と考えられる。
篠原 拓也
ニッセイ基礎研究所