(※写真はイメージです/PIXTA)

築古の賃貸物件の建て替えの際、多くのオーナーは「立ち退き問題」に直面します。入居者とスムーズに交渉成立できればいいのですが、立ち退き料等を巡って話がこじれれば、裁判にもなりかねず、多額の費用と貴重な時間を失うことになります。防ぐ方法はあるのでしょうか。本連載では、収益不動産の法律問題に詳しい新麴町法律事務所の桝井眞二弁護士と、パナソニック ホームズの榎本克彦氏との対談により、築古収益物件のリスク解決と大規模修繕による収益向上について見ていきます。

「安いから」老朽化アパートに住み続ける入居者もいる

築古物件の建て替え時にネックとなるのが、「立ち退き」の問題です。老朽化を承知で住み続ける入居者に、「新築に建て直すから出ていってほしい」と頼んでも、簡単に承諾してもらえるとは限りません。

 

立ち退き交渉の際、家主が賃借人の引っ越し先を手配・費用負担し、新築した物件に再び入居してもらうプランを提案するケースもあります。入居者にとってのメリットも大きく見えますが、現実には、家賃の安い築古物件をあえて選ぶ人もいるため、新築になる(=家賃が高くなる)ことに難色を示す入居者は珍しくありません。

 

 

パナソニック ホームズ特建営業センター所長の榎本克彦氏は、立ち退き交渉の実態についてこのように語ります。

 

「交渉にあたって、家主側が必ず知っておかなければならないことが2つあります。まず、家主から入居者に賃貸借契約の更新を謝絶・解約を申し入れる際には、6ヵ月以上前に意思表示する必要があるということ。もうひとつは、更新の拒絶や解約の申し入れに〈正当な事由〉が必要であるという点です」

 

しかし、ここでいう「正当な事由」とは、家主サイドによるものではありません。新麹町法律事務所の桝井眞二弁護士は説明します。

 

「新築による収益性の改善や、借入による相続税負担の抑制といった家主側の都合だけでは、〈正当な事由〉にはなりません。単に老朽化を理由とするのではなく、オーナーが自宅として居住するとか、耐震性に大きな不安があり倒壊の危険をはらんでいるなど、切迫した事情でなければ認められないのです」

性急な交渉はトラブルの元…納得してもらるよう配慮を

立ち退き交渉は、「正当な事由」が表明できてからのスタートとなりますが、そこから先は各入居者との個別交渉です。個別交渉のポイントについて、桝井弁護士は次のように指南します。

 

「性急に話を進めるのはよくありません。根気よく交渉し、入居者に納得してもらうことが肝心です。また、相応の立ち退き料を支払う旨を伝えるだけでなく、家主が転居先の賃貸物件を見つけて紹介するといった対応も、同意を得るために必要となる場合があります」

 

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家主が転居先の賃貸物件を見つけて紹介するといった対応も必要になる。

 

また、交渉時に提示する立ち退き料の金額には、十分な注意が必要です。

 

「じつは、立退料には明確な基準(相場)がなく、それにより話し合いがこじれるケースがあるのです。多くの場合、入居者の個人的な事情が絡んでいるため、相手の状況を鑑みながら、個別に対応・条件提示していくことが求められます。私のもとに寄せられる不動産関連のトラブルのうち、約半数は立ち退きの問題です。最も多いのは、入居者の大半は立ち退きに応じたものの、一部が頑なに拒んでいるというパターンです」(桝井弁護士)

 

しかし、弁護士が介在する状況になっても、実際に裁判までに至るケースは多くありません。

 

 

「まずは入居者との交渉の場を設け、こちらの条件を提示して説得を試みます。その際、〈妥当な立退料を支払えば、裁判で勝つのは家主である〉という事実を伝えることが重要です。そもそも法外な立ち退き料が認められることはありませんし、万一裁判になれば、入居者側も弁護士を立てる必要が生じます。立退料を受け取っても、そこから弁護士の報酬を支払わねばならず、手取りが減ることも説明します」(桝井弁護士)

 

話し合いによる解決は入居者にとっても有益だと理解を促すことが重要です。

店舗・事業所の立ち退き交渉は「難航しがち」

店舗や事務所に貸している場合、立ち退き交渉はしばしば難航しがちです。立ち退くことで売上等に影響が及ぶとの理由から、法外な立ち退き料を要求する賃借人もいます。しかし、これも弁護士が対応すれば、対処は比較的容易です。

 

「訴訟になった場合、裁判所が〈文書提出命令〉を出せば、店や事務所は過去の決算書等、売上に関する書類を提出することになります。立ち退き料は決算の数字を基に算定されますが、法人税を節約するために利益の少ない決算内容にしている店や会社も少なくなく、そのような場合、裁判はむしろ、入居者側の不利になる可能性があります」(桝井弁護士)

 

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「法外な立ち退き料を求める事業所や店舗もありますが、裁判で決算書を提示することになれば、むしろオーナーの提案通りにしたほうが得だったというケースの方が多いでしょう」(桝井眞二弁護士)

 

上記のような事実を説明しつつ、当事者間の話し合いで着地させるのが最もスムーズですが、それが無理ならやはり、裁判所の判断を仰ぐことになります。

立退料1億円を要求も、司法判断は「300万円」

桝井弁護士が取り扱った、ある法人の立ち退きの事例です。

 

「あるオーナーは、建物の1階を事務所として貸していた法人に立ち退き交渉をしたところ、提示した200万円の立ち退き料に対し、1億円を要求されました。立ち退きの時期も、2年後ならといっていたのが、期限が迫ると『あと2〜3年は無理』と言葉を翻し、最終的に裁判となりました」(桝井弁護士)

 

 

結論からいうと、このケースは法人側に300万円を支払うことで、立ち退きが認められました。一般的な事務所の移転に高額な立ち退き料がまかり通ることはなかったのです。

 

「店舗の場合なら、移転による機会損失分の上乗せなど、考慮すべき点はあるかもしれませんが、事務所の立ち退き料で億円単位の金額を要求するのは法外といわざるを得ません。恐らく、引くに引けなくなったのでしょうね。このようなこじれたケースでも、法律家が間に入れば、結局は時間と費用の節約、そして精神的な負担の軽減につながります。すべてオーナーだけでやろうとせず、そこは周りを有効活用したほうが、ずっと効果的ですよ」(桝井弁護士)

立ち退き交渉を、オーナー以外の一般人が行うのは違法

老朽化した賃貸物件の建て替えの現場を見てきた榎本氏は、交渉にあたっては注意すべき点があると補足します。

 

「オーナーから立ち退きの相談を受けることも多いのですが、じつは、一般の方が立ち退き交渉を行うことは〈非弁行為〉になり、弁護士法違反になるため、要注意です。原則、オーナー自ら行うか、弁護士等の専門家に依頼することになります」(榎本氏)

 

●弁護士法第72条

【非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止】
(2年以下の懲役または300万以下の罰金(77条3号)という刑事罰)

弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
 

 

「平成22年の最高裁決定の例で、ある不動産会社が委託した行為について、弁護士法違反になるかどうかが争われた事件があります。弁護士資格のない人物がビルの所有者から委託を受け、賃借人に立ち退き交渉を行ったことに対し、最高裁は、交渉で解決できなければ法的紛議が避けられない場合は『その他一般の法律行為』にあたるとして、委託を受けた業者の行為を、弁護士法72条違反であると判断しました 。こういった部分の境界は一般の方もあまりご存じないので、その点はしっかり注意し、不明な点は専門家の意見を聞くのが安全です」(桝井弁護士)

 

 

パナソニック ホームズ株式会社
営業推進部 特建営業センター 所長
榎本 克彦

 

新麹町法律事務所
弁護士
桝井 眞二